第86話 アライアスとイライア
『……なんだか、完全に蚊帳の外だったね、主。ふつう、貴族に生意気な態度をとって、面白がられるのは、主人公の役目ではないのかね?』
『やめろよ。俺もちょっと出番がないなーって悲しい気持ちになっていたんだから』
まるで小説の序盤に主人公とライバルが出会う場面のようなやりとりで、ビジイクレイトは完全に背景のモブだった。
『まぁ、俺は別に……ん?』
後方に歩いていく冒険者たちのなかで、二人、ジスプレッサの元に歩いてくる者達がいた。
アライアスとイライアだ。
二人はジスプレッサに近づくと、急に姿を消した。
刃が空気を切る音が、受付に響く。
「……何のマネですか?」
ジスプレッサの頭があった位置で、アライアスとイライアが持っている剣が交差している。
それを見上げながら、ビジイクレイトは息を吐いた。
そのビジイクレイトの胸にはジスプレッサが抱きしめられている。
アライアスとイライアがジスプレッサを攻撃しようとしていることに気がついたビジイクレイトは、彼女を抱きしめて攻撃を避けさせたのだ。
『お、ようやく話に関われたね、主』
『うるせーよ』
そんな会話をしている間に、アライアスとイライアがビジイクレイトの質問に答える。
「……お嬢様にあのような態度をとったのだ。償いは必要だろう?」
「お嬢様の願いを拒否したのです。無事で済むと思ったのですか?」
アライアスとイライアは、床に倒れているビジイクレイトとジスプレッサをにらみつけている。
「そんなことよりも……君はいったい誰だね? その少女の仲間か?」
アライアスは、先ほどの攻撃を『そんなこと』と流して、ビジイクレイトに目を向ける。
その目には、確かに警戒の色があった。
「ジスプレッサ様に雇われている者です。護衛も、まぁ仕事の内だと判断したのでこうして守ったわけです」
「そうか。では……」
アライアスが剣を振り上げる。
「ここで、これ以上はやめたほうがいい」
その続きを、ビジイクレイトは言葉で止めた。
「あー……なにをされているのですか?」
受付から、武装した者が出てくる。
『ツウフの魔境』の門番兼警備だ。
「バーケットの領地はどうなのか知らないけど、基本的に暴力行為は許可されておりませんよ? たとえ、貴族でも……いえ、貴族だからこそ品位は必要でしょう?」
警備とビジイクレイトを交互に見て、アライアスは不機嫌そうに顔をゆがめた。
しかし、剣を戻してはない。
「……あれ、アライアスとイライアは? アライアスーイライアーどこですのー?」
気の抜けるようなサロタープの声が遠くから聞こえてくる。
列の最後尾に並んだサロタープからは、今のビジイクレイトたちの様子は見えないのだろう。
サロタープの声を聞いたアライアスとイライアは、ようやく剣を納めた。
「ここは退いてやろう。あまり舐めたマネはするな」
「『魔境』には警備はいませんからね」
そのまま、二人はサロタープの元へ歩いていった。
アライアスとイライアが去ったことを確認して、警備も元の位置に戻っていく。
冒険者同士のもめ事は日常茶飯事だ。
けが人もなく、それに刃を向けた方がおそらく貴族の従者で、大人しく去っていった以上、関わることを避けたのだろう。
ビジイクレイトも、ほっと息を吐く。
「はぁ……さて、そろそろ受付をしましょうか、ジスプレッサ様……ジスプレッサ様?」
ジスプレッサを起こして魔境に入る手続きをしようと、ビジイクレイトは胸に抱きしめているジスプレッサをみる。
「んむぅ……んふぅ…………へ?」
ジスプレッサは、顔を真っ赤にして、ビジイクレイトの胸板に顔を押しつけていた。
『……チュンチュンチュン!』
『昼チュンはやめろ! っていうかなんだ昼チュンって!』
ジスプレッサをなんとか引きはがしたビジイクレイトは、受付の手続きを済ませて、ようやく『ツウフの魔境』に入ることが出来た。
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