第85話 上位貴族の少女
高価な服に、世間知らずな言動。
どう考えても一般人ではない者に、受付に並んでいた冒険者たちは目を合わせる。
そして、大人しく彼女に道を譲った。
『おや? ここは『なめてんのか嬢ちゃん?』とか言ってあの派手な少女に突っかかる冒険者の男が出てきて、ボコボコにされる展開ではないのか?』
『そんな警戒心のない奴が、冒険者として生き残れるわけがないだろ? 今並んでいるのはベテランばっかりだ』
一応、ビジイクレイトと同い年くらいの年若い冒険者もいて、彼らは少女の言動に反発するようなそぶりを見せていたが、すぐに近くのベテランの冒険者たちに指示されて道を譲っている。
素直さ、とは、常に命の危険にさらされている冒険者にとって身を守る術の一つだ。
道を譲った冒険者たちに満足げに笑みを浮かべながら、上位貴族と思われる少女が歩いてくる。
そろそろ自分たちも道を譲った方がいいと思い、ビジイクレイトはジスプレッサをみた。
だが、ジスプレッサは、少女をにらみつけている。
「ジスプレッサ様?」
くいくいと袖を引っ張るが、ジスプレッサは動かない。
そして、とうとう少女がジスプレッサの目の前にやってきた。
「あら? 申し訳ございませんが、道を譲っていただけるかしら? そちらの受付でお手続きをしないと、私たちが『魔境』に入れないでしょう?」
不思議そうに少女がジスプレッサに言う。
その少女に、ジスプレッサは不快という気持ちを一切隠さずに答えた。
「次は私たちの番だ。譲る気はない。どこの誰だか知らないが、順番も守れないのか?」
ジスプレッサが後ろに下がれ、とでもいうように、少女の後方を指さす。
少女は後方で少女に道を譲った冒険者達を見て、首を傾げた。
「順番? もしかして、皆様、受付でお手続きをするために並ばれていたのでしょうか?」
「当たり前だろ? どこの貴族だが知らないが……」
ジスプレッサが少女に文句を言っていると、急に少女の顔色が悪くなる。
『ん? 彼女はどうしたんだい?』
『さぁ? 何かあったのか?』
少女の様子を不思議そうに観察していると、少女はふるふると震えながら言う。
「……も」
「……も?」
「も、申し訳ございませんわぁあああああああ!?」
そして、少女は慌てふためき、後方の冒険者たちに謝罪し始めた。
「……は?」
「皆様が並んでいたなんて気がつきませんでしたわぁ!? てっきりお手続きをすませて、準備をしている最中だと思いましたの!」
少女が冒険者たちに謝っている様子を、ビジイクレイトは唖然として見ていた。
『……なんだか、キャラが色々濃い子だね』
『悪い奴じゃない。ってことはわかったけど』
テンパりながら謝る少女を見ながら、ビジイクレイトは少女の護衛と思われる冒険者たちに視線を移した。
彼らは皆、苦笑いを浮かべていたが、2人だけ険しい顔をしている者たちがいた。
十代前半の、少年と少女だ。
2人は兄弟なのだろうか、とてもよく似ている背格好だ。
2人とも、冒険者というには線が細く、メガネもかけていて荒事に向いているようイメージがない。
しかし、身につけている装備は少女の次に高価そうであり、立ち位置から考えると、彼らが少女の護衛達のリーダー格だろう。
(……関係ない、か)
ビジイクレイトがリーダー格の少年たちから、上位貴族だと思われる少女に目線を移すと、彼女はジスプレッサの方に戻っていた。
「貴女も、教えてくださってありがとうですわ!」
「い、いや、私は別に……わかってくれれば……」
ジスプレッサが困惑していると、その様子を見て少女が考える。
「……お優しいのですね。気に入りましたわ。貴女、私の護衛に興味はないかしら?」
「はい?」
ジスプレッサの困惑からの混乱をよそに、少女はリーダー格だと思われるメガネの少年に相談する。
「どうかしら、アライアス? 女性の護衛が少ないことを貴方も気にしていたから、ちょうどいいのではなくて?」
「もう年頃なのですから、女性の護衛の数を気にするべきはお嬢様なのですがね。私よりもイライアに相談するべきでしょう」
やれやれとメガネの男性、アライアスは息を吐き、近くに立っていたメガネをかけた少女に目を向ける。
「イライアはどうかしら?」
上位貴族だと思われる少女の問いに、イライアと呼ばれたメガネの少女は軽く頷く。
「……お嬢様がお望みであれば」
二人からの承諾を得て、少女は改めてジスプレッサに向き直る。
「と、いうわけで。護衛にならないかしら? なりますわよね?」
少々押しの強い少女の勧誘に、ジスプレッサは腰が引けている。
しかし、負けないと一度強く目を閉じたジスプレッサは、そのままハッキリと答える。
「……その話は、断らせてもらう」
ジスプレッサの返事に、少女はきょっとんとした顔を浮かべた。
「……断る? なぜですか? お給料は沢山払いますわよ?」
「私は『魔聖石』を得るためにこの『ツウフの魔境』にやってきたのだ。まさか、そのお給料が『魔聖石』ではないだろう?」
「……そうですわね。私も、ここの『魔聖石』を得るためにやってきたのです。お給料で与えることはできませんわね」
しばらく悩んだあと、少女はがっかりという気持ちを隠さずに大きく息を吐いた。
「と、いうことは、貴方はライバルということになりますわね。しょうがないですわ……お名前をお伺いしてもよろしくて?」
「人の名前を尋ねるなら、まずは自分が名乗ったらどうだ?」
不遜な態度のジスプレッサに、少女は面白そうに笑う。
「……失礼いたしました。私はサラタープ・バーケット。貴方のお名前は?」
「ジスプレッサだ」
「……ジスプレッサ。良いお名前ですね。それでは、ご武運を」
少女、サラタープは丁寧にお辞儀をして、受付から出て行く。
「……こちらが最後尾でして? ええ、かしこまりましたわ! さぁみなさん! 並びますわよ!」
……いや、出て行ったのではなく、律儀に列に並び直していた。
サラタープの後に続くように、護衛と思われる冒険者たちも列の後方に向かって歩いていった。
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