第84話 『ツウフの魔境』2日目
「急ぐぞ! 少年!」
翌日。
早朝からビジイクレイトはジスプレッサに叩き起こされていた。
「……ジスプレッサ様。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!? 『ツウフの魔境』の開拓に、上位貴族が参加するんだろう? 急がないと、『魔聖石』が取られてしまうぞ!」
昨日、カッツァから入手した情報を、ジスプレッサと共有した。
すると案の定、ジスプレッサはすぐにでも『ツウフの魔境』に行くと言い出したのだ。
もちろん。そのジスプレッサの言動は予期出来ていたので、ジスプレッサへの情報の共有は夕食を終えてからにしている。
魔境に入れるのは、昼の鐘の間と決まっている。
そうしないと、貴族達が管理出来ないからだ。
なので、ジスプレッサがすぐに突撃出来ないように夜に報告したのだが、早朝にビジイクレイトの体を揺らして起こすという暴挙に出ていた。
「『魔境』に入れるのは、昼の鐘の間だけ。まだ朝の鐘が鳴り始めたくらいですよ? 今行っても時間と体力の無駄ですから、休んでください」
「しかし……」
まだ納得していないのか、ジスプレッサはビジイクレイトの体を揺らし続ける。
「なぁなぁ」
「……はぁ」
「へ? きゃっ!?」
まだ揺らしてくるジスプレッサの手をとって、ビジイクレイトはジスプレッサの体をベッドに押し倒すと、その上に乗る。
そして、顔を近づけると、出来るだけ低い声で言う。
「……寝てろ」
「は、はい……」
ジスプレッサの顔が赤くなって、大人しくなる。
『チュンチュンチュンチュンチュン!!』
『朝チュンやめろ! してねーし、お前も寝ていろ、マメ』
早朝から疲れたビジイクレイトは、そのまま二度寝に突入するのだった。
『ツウフの魔境』の入り口にある受付所に、人が集まっている。
「な、なぁ少年。昨日よりも人が多くないか?」
「あまり変わらないですよ。そんなに焦らなくても、今日すぐに『魔境』が開拓されるわけないですから」
「そんなこと言っても、なぁ」
『魔聖石』を求めて、今日も『ツウフの魔境』には人が集まっていた。
焦っているジスプレッサをなだめながら、ビジイクレイト達は『ツウフの魔境』の受付に並んでいる。
『魔境』には『魔石』など、価値のあるモノが多い。
そのため、入る為には受付をすませる必要がある。
もっとも、受付時に記載する内容は名前と人数くらいだ。
名前は偽名でもいい。
魔境から何かを持ち帰る。ということだけでも、その領地にとってはプラスになるからだ。
名前を書いた者達が次々と『ツウフの魔境』に入っていく。
彼らの装備を見て、ジスプレッサはより焦りを募らせていた。
「うう……強そうだったな。彼らが上位貴族なのか? いや、それとも、その次……」
「……彼らは、上位貴族ではないですよ」
ビジイクレイトが断言する。
「なぜ言い切れるんだ?」
「装備を使い込んでいる様子でした。慣れている感じもしたので、地元の冒険者でしょう」
「そうか。しかし、それは強敵だな」
『魔聖石』を巡って荒そうライバル。
そういう意味でいったジスプレッサの言葉をビジイクレイトは否定する。
「いえ、彼らは『魔聖石』を狙ってはいないと思いますよ」
「……なぜだ?」
「気負いがありませんでした。一攫千金を夢見るギラギラとした野望を抱いている様子がありません。おそらく、慣れた場所で稼ぎをするだけなのでしょう。ここにいる者の大半はそうですね」
ビジイクレイトに言われて、ジスプレッサは周囲を見渡す。
言われると、どこか落ち着いている雰囲気の者が多い。
「『魔聖石』は高価です。そして、貴族になれる可能性もある。でも、貴族になりたくないし、そこまで大きな稼ぎもいらない。そういう人も多いのですよ」
ビジイクレイトの言葉に、ジスプレッサは驚愕する。
「冒険者は、夢を……貴族を目指す者じゃないのか?」
「一般的はそうですし、そう思う者も多いでしょうが……そういった人物は、すでに『魔境』に入っていますよ」
ビジイクレイトが『ツウフの魔境』を指さす。
魔境の入り口は開かれているが、奥は見えない。
そちらをジスプレッサが見ると、奥の方が騒がしいことに気がついた。
なにがあるのか、と見ていると、複数の人が白い袋を抱えて出てきた。
彼らが出てきたことで、『ツウフの魔境』の入り口が少しだけ騒然となる。
「道を開けてくれ」
そういった男性は、今日、一番最初に『ツウフの魔境』に入っていった者達の一人だった。
男性は受付の職員に話しかけると、そのまま白い袋を持った男達と一緒にどこかへいった。
「今日は早かったな」
「奥地が解放されて時間も経ったしな。ある程度状況判断出来る奴が残っているんだろ」
「それでも、入り口近くで死んだら意味ないけどな」
周りの人たちの物騒な発言を聞いて、ジスプレッサはビジイクレイトをみる。
その視線の意味を察して、ビジイクレイトは答える。
「あの白い袋は、おそらく死体です」
「なっ!?」
ジスプレッサは、白い袋を抱えた男性達が歩いていった方に視線を移した。
どうやら、近くの部屋に入ったようで、もう姿は見えない。
「……『魔境』の最奥にある『魔聖石』を狙っている者たちは、いちいち帰還なんてしません。ギリギリまで『魔境』を探索します。『魔境』で夜を明かしながら……」
それのなれの果てが、白い袋の中身だ。
「では、あの白い袋を運んでいたのは……」
「『魔境』で死者が出るのは珍しくないですけど、死体はなるべく放置しない方がいい。死体を食べて魔獣が増えるのはよくないですからね。なので、『魔境』で死体を回収した者に報酬が与えられるのですよ。死んだ者が身につけていた装備もそのまま発見者のモノになりますし、それを『魔境』の入り口近くで見つけたら、かなり実りの良いお宝と言えるでしょうね」
死体をお宝といったビジイクレイトに、ジスプレッサは険しい顔を向けてしまう。
「『魔境』は死地ですよ? 文字通り。死への覚悟が必要です。危険も、恩恵も、全部理解して、受け止める必要がある。そうしないと生き残れない」
ビジイクレイトは、ジスプレッサににやりと笑う。
「どうしますか? やっぱり止めますか?」
「……いや、行く」
自分の考えの甘さを飲み込んで、ジスプレッサは前を向いた。
会話をしている間に、だいぶ前に進んでいた。
あと二組で、受付までたどり着ける。
そして、一組が受付を終えた時だ。
受付所に入るための扉が、勢いよく開かれる。
「オーホホホホ! 私が来ましたわ! さぁ! 道をお開けなさい!」
ド派手な装備に、巻かれた紫色の髪。
十数人の男達を連れた少女を見て、ビジイクレイトはすぐにわかった。
(コイツが、上級貴族か)
世間知らずで我が儘なお嬢様。
わかりやすいキャラが来たことで、ビジイクレイトは逆に頭が痛くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます