第83話 『ツウフ』の情報収集

「……『閃光部隊』が活動を終えたのなら、すぐにでも開拓されてしまうのではないか?」


「いや、普通『魔境』の開拓には、平民に公開してから30日以上はかかります。『閃光部隊』が調査したのも、おそらくは全体の3分の1程度。まぁ、それは報告した内容は、という話ですが」


 ビジイクレイトの含みのある言い方にジスプレッサは怪訝な顔をする。


「どういうことだ?」


「今も生き残っているような経験豊富な『閃光部隊』は、入手した情報をすべて公開しているわけではないということです。特に、貴族に対しては」


「……なぜだ?」


「理由は簡単。たとえば、『魔聖石』がある最奥の場所まで正確に情報を渡せば、その時点で貴族たちが回収するからです」


「なっ!?」


 ビジイクレイトの回答に、ジスプレッサは驚愕する。


「そ、そんなことをしているのか、貴族は!?」


「当たり前でしょう。『魔聖石』は平民にとっては命がけで入手するほど貴重なモノですが、それは貴族にとっても同じ事。『魔聖石』一つで中央に屋敷を買えますからね。命がけで手に入れなくてもいいけど、簡単にとれるなら取りにいきますよ」


 ジスプレッサは衝撃で固まっている。


「さすがに上位の貴族でしている者は少ないでしょうが……下位の貴族は積極的に取りに行くでしょうね。子供のために」


「……む?」


「下位の貴族は元々平民。『魔聖石』を入手するツテも、金もない。しかし、『魔聖石』は必要……『魔聖石』がないと、子供を貴族にすることが出来ませんから」


 貴族の子供は、十二神式で『魔聖石』を捧げて『神財』を賜らないと、貴族として認められない。


 一人だけを跡取りとして育てるだけなら、国から一つは『聖石』を支給されるので、それを十聖式で『魔聖石』にすればいい。


 しかし、生まれた子供をすべて貴族として育てるならば、下位の貴族では『魔聖石』を用意する事が難しい。


「単純に金がない。という者もいるでしょうが、ね。あと、上位や中位の貴族でもまれに『魔聖石』を欲しがる者もいます。あまりおすすめしない理由ですけどね」


 ジスプレッサはなにやら考え込んでいる。


 その内容に、ビジイクレイトは触れない。


 あまり触れても良い内容ではないだろうからだ。


「……では、私は情報収集をしてきます。ジスプレッサ様は部屋で休んでいてください」


「へ? いや、私も……」


「『ツウフの魔境』で戦うのはジスプレッサ様です。ご存じのとおり、私はあまり強くないので。なので体を休めていてください。それに一応雇われている身なので、これくらいはさせてください」


「む……わかった」


 ジスプレッサがなにやら言いよどんでいる間に、ビジイクレイトは宿の食堂から出る。


「さて……と」


 情報収集をするために、ビジイクレイトは動き出す。


 向かうのは、この宿の受付だ。


「……おや? お客様。どうなさいましたか?」


 そこにいたのは、『猫の隠れ家』にいたカッツァだった。


 ビジイクレイトたちが泊まっている宿は、『猫の隠れ家』の臨時出張所である。


 実は、カッツァと一緒に『ツウフの魔境』に向かっていたので、彼女がここにいることは、不思議ではない。


 ただ、ビジイクレイトは別のあることに気がついていた。


「『ツウフの魔境』について、情報がほしい。『闇の隠者』なら、情報を持っているんじゃないか? ここではふつうの格好をしているお姉さん?」


 ビジイクレイトの問いに、受付としての笑みを消したカッツァが、答える。


「やっぱり、気がついていましたか。外見で見破られない程度には、色々変えているんですけどね」


 やれやれと、『闇の隠者の隠れ城』で会った『悪の女幹部』っぽい格好をしていた女性。


カッツァが息を吐く。


「参考までに、どうして気がついたのか、教えてももらってもいいですか?」


「それが、『ツウフの魔境』の情報料でいいか?」


「……しょうがないですね」


 取引の成立を確認して、ビジイクレイトは答える。


「宿の名前から……っていうのはきっかけだけど、決定的なのは鼻だな」


 ビジイクレイトは自分の鼻を指さす。


「……鼻、ですか?」


「髪や目とか唇。眉毛は目立つし、化粧で簡単に印象を変えられるから、変装ではそこを変えるのが常套手段だ。俺も、髪の色を変えているし、ね」


 実はビジイクレイトは『ケモノ』と呼ばれていた髪の印象を変えるために、白い部分を黒く染めている。


 それだけで、お尋ね者とかかれている手配書から印象が大きく違っていた。


「けど、鼻の形は簡単に変えられない。化粧でここまで大きな立体物を誤魔化すことは難しいからね」


「……なるほど、それは盲点でした」


 ビジイクレイトの説明に、カッツァは納得する。


「それで、『ツウフの魔境』について、情報がほしいんだけど?」


「……かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ」


 カッツァは、受付の奥の、部屋にビジイクレイトを招き入れる。


「それにしても……ちょうどよいタイミングでしたね」


「……ちょうどよい?」


「私がこちらの宿に移動したのは、ビジイクレイト様の動向を観察して、『闇の隠者様』にお伝えするため」


「なんとなくそんな気はしていたけど」


 闇の隠者の笑顔が浮かんできて、ビジイクレイトはそのイメージを追い出す。


「そして、もう一つはとても興味深い情報を入手したからです」


「興味深い?」


「ええ、どうやら『ツウフの魔境』の開拓に、上位貴族が参加するようです」


 カッツァからの報告に、ビジイクレイトは険しい顔をした。

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