第81話 『閃光部隊』
「な、なぜだい!? 昨日、少年が言っていたではないか。『ツウフの魔境』が開拓される予定だという情報は、もう複数人が知っている。早くいって、攻略しないと……」
「今行っても、まだ『魔聖石』がある魔境の奥地は封鎖されています。情報が公になっていないからです」
ビジイクレイトは、一度ミルクで口を潤してから話し始める。
「ジスプレッサ様もご存じのとおり、『魔境』とは人類にとって災害であり、恩恵でもあります」
『どういうことだい?』
『おまえの知識ってどうなっているんだよ。簡単に言うと、『魔境』には魔獣の『魔石』も含めて、人類には有用なモノがたくさんあるんだよ』
そこでマメへの説明を区切って、ビジイクレイトは話し始める。
マメと、ジスプレッサに向けて。
「その『魔境』の恩恵を最大限に享受するために、『魔境』はその土地の貴族が管理しています。騎士が常駐しているわけではありませんが、どんな『魔境』も『魔境』の要である『魔聖石』がある奥地は封印され、誰も立ち入る事はできません」
「それは知っているが……」
「封印されている『魔境』の奥地には、強力な魔獣がたくさんいます。封印されている間に増え、強くなった魔獣が、です。今、貴族たちはその魔獣を調べる人材を集めている状況なんですよ」
「どういうことだ?」
『どういうことだい?』
ジスプレッサとマメが同じ質問をする。
二人まとめて話そうと思っていたが、疑問に思う点も同じなことに、少し悲しさがある。
特に、マメ。
「簡単に言えば、情報収集です。奥地の魔獣がどれだけいるのか。どれだけ強くなっているのか。調べるために貴族が向かうわけにはいきません。だから、意欲ある平民を使い、調べる」
そこで、ビジイクレイトは一度口を閉ざす。
「平民たちの、命を使って」
「……命?」
「ええ、まともな情報がない『魔境』の奥地です。元々、一匹の魔獣にさえ、普通の平民は殺されるのです。強力な魔獣。その群なんて、いくら武装しても平民は死にます。その死を利用して、奥地の情報収集するのが、『魔境』の開拓。それを平民に公表する目的です」
「なっ!?『魔境』の開拓は、『魔境』を減らし、『大魔境』の発生に備えて、平民を貴族にして戦力を増強するためではないのか?」
ジスプレッサの驚きに、ビジイクレイトは肩をすくめて答える。
「それは表向き……というか、平民たちの願望ですね。領地の治めているその土地のキーフェも、そうやって公表しますが、貴族側の目的は情報収集です」
「そんな……」
「ちなみに、そうやって集めた平民たちを『閃光部隊』と呼ばれています。閃光のように『魔境』を照れして情報を集め、閃光のように消える。名誉ある部隊として、賞賛されますが……実体はただの捨て駒、ですね」
ビジイクレイトは、パンをかじる。味はしない。
「ああ、そういえば、『大魔境』を開拓する際の下位貴族の部隊も『閃光部隊』と言いますね。意味も、存在する意義も、平民たちと同じですが」
「なっ……!?そ……」
ジスプレッサが表情を曇らせる。
その顔を見ないようにして、ビジイクレイトは味のしない朝食を食べ続ける。
『で、主よ。詳しい説明を』
『説明って、どこから?』
『まず、『大魔境』ってなんだね』
そこからか、とビジイクレイトは口に入れたパンを飲み込む。
『この世界には定期的に『魔境』が発生する。『魔境』ってのは、簡単にいえば、色々なモノが色々に強化された場所でな。その中で、生き物が強化されたモノが、魔獣だ。で、その『魔境』のなかでも、20年から30年くらいの周期で、『大魔境』って呼ばれる『土地』が発生する』
『『土地』?』
『この世界は、元々『魔境』みたいな場所だけで、人が住む大地がなかった、って話があってな。『大魔境』に降り立った人類が、『大魔境』を開拓して『土地』を作っていったんだ。まぁ、そこら辺は学説も分かれていて、おとぎ話みたいに曖昧な部分ではあるが、とりあえず『大魔境』は国が新しく土地を得る機会なわけだ』
『ふむ、しかし、土地が増えても困ることが多いのでは? 管理するのも大変だろう』
『管理が大変でも、『大魔境』を放置すれば、『大魔境』にいる強力な魔獣たちがほかの土地に出てくることになる。それに、『大魔境』を開拓した場所は肥沃な場所になることが多い。『魔境』自体が色々強化される場所だからな。たとえば、今は北が果実や穀物の栽培が盛んだが、前回と前々回に『大魔境』が発生した場所だからだ』
ノールィンなどに屈強な騎士が多いのも、『大魔境』が発生した土地だからである。
強い魔獣が多く、ゆえに強い騎士が必要だからだ。
『ふむふむ。それでは、あのムチ無知娘がやけに動揺していたのはなぜだね?』
『……多分、おじいさんとかが、『大魔境』の『閃光部隊』に所属していたんだろうな』
マメが、何かをこらえるようにしているジスプレッサに目を向ける。
『……なるほどねぇ。誇りに思っていたおじいさんを『捨て駒』って言われたわけだ。主もヒドいねぇ』
『そんなことを言われてもな。それに、たぶん 彼女は気づいていたぞ?』
『そうなのかい?』
『ああ。そうじゃなければ、貴族になりたいと思っているのに、貴族に否定的な感情は持っていないだろう』
ビジイクレイトは感じていた。
ジスプレッサのなかにある、確固とした貴族に対する怒りを。
それは、彼女の祖父が貴族に切り捨てられたことを意味していることを。
『ふむぅ……それで、今も貴族たちの捨て駒にされようとしている、と。それで、どうするんだい?』
「……どうすればいいんだ?」
そのマメの質問と同じような質問を、ジスプレッサもしてきた。
よく、質問がかぶる二人……一冊と一人である。
「どうすれば、とは、『閃光部隊』……貴族の捨て駒にならないようにするためには、ですか?」
ジスプレッサは、無言でうなずく。
「そんなことは簡単ですよ」
「簡単?」
「ええ、『閃光部隊』にならなければいい」
ビジイクレイトの答えに、ジスプレッサは首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます