第78話 『下位の貴族』

「……条件はあとにして、理由を聞いてもいいですか?」


「……理由? 少年なら、触らせてもいいかなって思って……」


「おっぱいじゃなくて」


 どうしても話がおっぱいに戻ろうとする。


『これがおっぱい地獄……!』


『ねーよ。そんな地獄』


 あったとしたら、地獄の定義がおかしい。


「えっと、その『魔聖石』が欲しい理由を聞かせてもらっても? 『貴族』になるって言っていたけど、なんで『貴族』になりたいのか……」


「『貴族』なんて、皆なりたいじゃ……」


「『貴族』になるということは、良いことばかりじゃない」


 ジスプレッサの答えを、ビジイクレイトは途中で遮った。


「『貴族』は裕福だし、偉い。支配層の人間だ。しかし、戦う者でもある。危険な魔獣と戦い、常に死ぬ可能性がある。そんな立場の人間に、なぜなりたいんだ?」


「少年……」


 目を見開いているジスプレッサに、ビジイクレイトは肩をすくめる。


「母親が、貴族に仕えていたので。なので、誤魔化しなく答えてください」


 ビジイクレイトの言葉を聞いて、ジスプレッサは一度口を閉ざしてから、再度開く。


「……私が『貴族』になりたいのは、『貴族』に戻りたいからだ」


 ジスプレッサは、テーブルに立てかけていた杖を手にする。


「私の祖父は、平民から下位の貴族に成り上がった人でね。『大魔境』の『開拓』の時は、先陣で戦ったそうだ」


 ぎゅっとジスプレッサは『火の希望』を握る。


「ただ、その時に私の父親の兄達と一緒に亡くなってね。家は平民に戻ったんだ」


「……なるほど」


『いや、なるほどじゃなくてね。どういうことだい?この世界では平民が貴族になったり、貴族が平民に戻るのかい?』


 マメがペチペチとビジイクレイトの頭をたたく。


『……そうだな。まぁ、簡単にいうと、下位の貴族のほとんどは元平民で、平民が『神財』を手に入れて、手柄を立てた功績を認められてなっていると思っておけばいい。というか、なんで知らないんだよ』


『だって、僕は美少女女子中学生だし』


『本の見た目をした微妙に役に立たないAIだろ』


 ビシビシと激しくマメがビジイクレイトの頭を叩くが、あまり痛くないので無視することにする。


「では、その『魔聖具』は……」


「……この『火の希望』は、私の祖父の『神財』から作られた『魔聖具』だ」


「熱が出て倒れたのも、そのせいですね」


「……そうだ」


 こくりと、ジスプレッサが頷く。


『どういうことだい? パート2』


『……『神財』は神から賜った財宝だ。普通は、他人は使えない。けど、持ち主の死後に、他者が仕えるようにする加工方法があってな。ただ、本人以外が使用すると、本来の効果を発揮出来なかったり、強い反動があったりする』


『火を出す『魔聖具』だから、反動で熱が出るのか。わかりやすいね』


『まぁ、『魔聖具』の効果と反動の内容に共通する点は多いな』


 ビジイクレイトとマメが話している間、ジスプレッサはぎゅっと『火の希望』を握り、見つめている。


「この『火の希望』の強さは、少年も見ただろう? 魔獣の群を簡単に焼き尽くす事が出来る。貴族が持っている『神財』と遜色がない……いや、それよりも強力なはずだ」


『……確かに。あのイキリ雑魚たちよりは強いかな』


『カッステアク達をイキリ雑魚って言うなよ。あいつら、まだ成長期だから』


 しかし、カッマギクの『神財』よりも、ジスプレッサの『火の希望』が強そうなのは間違いない。


(まぁ、強いのには理由があるんだけど……)


「その『魔聖具』は……」


「だから、私が……この『火の希望』を賜った祖父の孫である私が貴族になれば、きっと立派な貴族になれるはずなのだ。あの、悪名高い『アイギンマン』の三男よりも!」


 ビジイクレイトの言葉は、ジスプレッサによって遮られた。


 しかも、聞き捨てならないことを言っている。


「……アイギンマンの三男?」


「少年も聞いたことがあるのではないか? アイギンマンの領地にいたのだろう? アイギンマンのキーフェの三男は、ろくでなしで、『ケモノ』と呼ばれるほどに恥知らずだと」


 ジスプレッサは、フンと鼻息をならす。


「なんでも、まだ12歳なのにショウカン?とかいう、平民の店で豪遊して暴れることも多いそうだ。そのくせ、文字も計算もまともに出来ないで、剣術も魔聖法もヘタクソ。まさしく『ケモノ』のような出来損ないだ」


 ジスプレッサはやれやれと肩をすくめる。


「そんなやつよりも、私の方が貴族にふさわしいと思わないか? 少年?」


『だそうだよ、少年?』


『俺に聞くなよ。というか、そうか、平民にはそういうふうに話は広がっているんだな。こんなところにまで……』


『ノーマンライズ』と『アイギンマン』はかなり距離がある。


 まさか、ここでアイギンマンの『ケモノ』の話を聞くことになるとは思わなかった。


『それにしてもショウカン……娼館か。主は娼館に通っていたのかい? へー、どんな娘が好みなのかな? おっぱいが大きい子?』


『おっぱいは大きさよりもバランスが……って通ってねーよ! その話はたぶんカッステアク達だ!』


 ビジイクレイトは全力で抗議する。


『あと、いつまでもついてくるなよ、おっぱい! ジスプレッサは意味を分かっていないのに!』


『おっぱい地獄は終わらない』


 終わってほしい。


『……いや、終わらせる。で、カッステアク達の話だけど、あいつ等、屋敷の使用人や従者達にも平気で手を出していたからな。さすがに、キーフェに止められていたけど』


 押さえきれない性欲を娼館で発散していたのだろう。


 屋敷に娼婦を呼ぶのも、キーフェに止められていたはずだ。


『……いろいろ混ざったんだろうな。『ケモノ』とか出来損ないは俺のはずだ。まぁ、さすがに文字も計算も出来るけどな。そこらへんは誇張された、か』


 カッステアク達は勉強も出来るはずだ。


 教師達がそう絶賛していたはずである。


「……名前は何だったかな? たしか、ビ……?」


 ジスプレッサがアイギンマンの『ケモノ』の名前を思い出そうとしている。


 ビジイクレイトの名前を。


『ところで主よ』


『なんだい?マメよ』


『主は、あの子に協力するのかい?』


 ビジイクレイトは改めてジスプレッサをみる。


 同い年の女の子。


 色々と言動が危なげな女の子。


 よく見ると、肌に張り付いた運動着の至る所が破れ、小さな傷がある。


『……命の恩人、ではあるからな』


『では、どうするんだい? 彼女に主が『ケモノ』だと……ビジイクレイトだと知られたら厄介なのではないかい?』


 ビジイクレイトは、まだジスプレッサに名前を名乗っていない。


 そうならないように会話を誘導していたからだ。


『……まぁ、大丈夫だろ』


 ジスプレッサが何かを思い出したように手を打つ。


「……そうだ。ビジイクレイトだ。アイギンマンの『ケモノ』の名前。確か、お尋ね者として手配書も出ていたはずだ。何をしたのか……ん? 少年。険しい顔をしてどうしたんだい?」


 ジスプレッサはビジイクレイトの顔を見て不思議そうにする。


 ビジイクレイトが、わざと顔をゆがめているからだ。


「……そういえば、まだ自己紹介を……名前を名乗っていませんでしたね」


「……ん? そうだな。私もずっと少年と言っていたが……」


 ビジイクレイトは、大きく息を吸って、言う。


「俺の名前はビィー・ジイク。そのビジイクレイトの影武者をしていたんです」


 そんなビジイクレイトの嘘を、ジスプレッサは信じるのだった。

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