第76話 『ノーマンライズ』

「よし。到着した。ここが『ノーマンライズ』だ」


 ビジイクレイトとジスプレッサが出会った場所から鐘1つ。1~2時間歩いた所で、ようやく『ノーマンライズ』の町に到着した。


『ノーマンライズ』の町を見て、ビジイクレイトは率直に思った。


『……普通だ!』


『普通だな』


『ノーマンライズ』は、なんというかあまり特徴がない町だった。


 本当に普通の、誰もが思い描く中世ファンタジーっぽい作りの町である。


 強いて言うならば、中央に川が流れていて、そこを船が通っているが、それは『真船の国』であるシピエイルではよく見る光景だ。


 なので、本当にとことんまで普通の町である。


「どうだい、少年。なかなか良いところだろう?」


「え、ええ。はい。そうですね」


 ビジイクレイトはジスプレッサに、旅をしていることは伝えてある。


 ビジイクレイトの年齢であてもなく旅をしていることは珍しいが、いないわけでもない。


 町ごとに仕事をして、移動する人たちが、一定数いるからだ。


 特に、親を亡くした子供や捨てられた子供に、多いことではあるのだが。


(……嘘は言っていない)


 親を亡くしたことも、捨てられたことも、本当だ。


「さぁ、少年。まずは私が泊まっている宿に案内しよう。食事もうまいし、良いところだ」


「はい。ありがとうございます」


 ズンズンと元気良くジスプレッサは歩いていく。


 ちなみに、今の彼女はしっかりと外套を着ているので、一見まともな服装に見える。


 もっとも、その下の様子をビジイクレイトは知っているので、なんとも微妙な気持ちになるのだが。


『外套を『ガバー』って開いたら、本当に露出……』


『やめろと言ったよな?』


 そのイメージは、ビジイクレイトも離れないのだが。


「さて、ついたぞ。ここが『猫の隠れ家』だ」


 ジスプレッサがつれてきた宿は、町の中心部から少し離れたところにある、お洒落な宿だった。


 清潔感もあり、女性が一人で泊まっても問題は起きそうにない雰囲気がある。


「少年。君は運がいいぞ」


「え?」


「ここの宿は、普通は中に入れないのだ。会員制で、紹介がないと泊まれない」


「へー……」


「会員が自分の客を自室に泊めるのは許可されているからな。安心だ」


「へー……って、え?」


「さぁ、ついてきたまえ!」


「ついてきたまえって、同じ部屋に泊まるつもりですか? というか、俺、ここに泊まるとも言ってないですよ!」


 ビジイクレイトの声が聞こえてないのか、聞いていないふりなのかはわからないが、ジスプレッサは『猫の隠れ家』に入っていく。


 どうすればいいのかわからないので、とりあえず、ビジイクレイトは彼女のあとについて行くことにするのだった。




「お帰りなさいませ。ジスプレッサ様。今日の狩りはどうでしたか?」


「ただいま。カッツァ。今日は絶好調だったよ。ほら、これ」


『猫の隠れ家』に入ると、スーツのような服を着た女性、カッツァが出迎えてくれた。


 彼女は、どうやらこの宿のコンシェルジュのようである。


 カッツァに、ジスプレッサは魔石が入った袋を見せる。


「まぁ。これは素晴らしいですね。これはどうされますか? ここで換金することもできますが……」


「そうだな。宿代を引いて、残りは換金しておいてくれ」


「かしこまりました。それで、そちらの方は?」


 カッツァはビジイクレイトに目を向ける。


(まぁ、目があったし……)


 ビジイクレイトは、カッツァにとびきりの笑顔を向けて、挨拶をする。


「こんにちは」


「カッツァ。彼は私の客だ。一緒に食事をしたいのだが、用意してくれるか?」


「……かしこまりました」


「カッツァの料理はうまいぞ」


 ジスプレッサがにやりと笑いながら耳打ちしてくれる。


「そうですか。それは、とても楽しみです」


 笑顔のまま、ビジイクレイトは宿の一階にある食堂へと向かった。


「さて、では改めて話をしようか」


「話、ですか」


 ビジイクレイト達以外は誰もいない食堂のテーブルに料理が並ぶ。


 貴族であったビジイクレイトから見ても十分においしそうな……つまり、平民からは涎が止まらなくなるだろうご馳走だ。


その料理を前にして、ジスプレッサは笑顔で言い出したのだ。


「まぁ、食べながら聞いてくれ。実は、少年にお願いがあってね」


「はぁ……」


「簡単に言うと、少年。君は『魔境』に興味はないかい?」


「『魔境』ですか?」


 ないといえば嘘になる。


 ビジイクレイトは、『魔境の開拓』に参加するためにこの町にやってきたのだ。


「ああ、ここだけの話だが……近々、この町の領地内にある『ツウフの魔境』が、開拓されることになった」


「……そうなんですか?」


 表情に出ないように、ビジイクレイトは並んでいる料理を口に運びながら言う。


 大きな肉の塊だったが、味はしない。


「少年は……『魔境の開拓』がどういうことか、知っているかな?」


「……『魔境』を形成している『魔聖石』を取るんですよね?」


「ああ、そうだ。やはり君はかしこいな。そのとおり、『魔境の開拓』によって、『魔聖石』を得ることが出来る。そして、その『魔聖石』があれば、何が出来るか知っているだろう?」


「……はい」


「そうか。そうだろう。『魔聖石』があれば、『神財』を手に入れることができる。少年。私はね、今は『貴族』じゃない。しかし、これから『神財』を手に入れて、『貴族』になるんだよ」


 ジスプレッサが胸をはる。


 大きくて形の良いおっはいがぷるんと揺れた。


 それよりも、ジスプレッサのドヤ顔が気になったのだが。


「……なるほど。しかし、手伝いとは?」


「ん? 『魔境』に私一人では危険だからね。一緒に『魔境の開拓』に協力してほしい」


 正直なところ、ジスプレッサが『ノーマンライズ』に滞在しているという話から、彼女が『魔聖石』を狙っていることはわかっていた。


 なので、彼女の話に特に驚きもない。


 ただ、気になることがある。


「……一つ、いいですか?」


「なんだい?」


「俺も、『魔聖石』が欲しいんだけど」


 ジスプレッサの体が固まった。

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