第75話 『魔石』
「……うぅ?」
ジスプレッサが、ゆっくりと目を開けた。
「……おはよう。気分はどう?」
「おはよう……?ああ、私はまた倒れたのか。君は……確か、私が助けた少年、だね?」
「助け……ああ、そういえば、そうか。急に倒れたから、そのことを忘れていた。ありがとう。『デッドワズ』から助けてくれて」
ビジイクレイトの礼を聞いて、ジスプレッサは少し照れくさそうに笑う。
「いや、まぁ、弱き民を守るのは強き者の役目だからな。気にするな」
「……強き者。もしかして貴族の方ですか?」
ジスプレッサの格好があまりに露出……ではなく、簡素なので平民だとビジイクレイトは思っていたのだが。
「いや、今は貴族ではないが……ふむ。少年、君は賢そうだね」
突然ジスプレッサは変なことを言い出した。
「賢い、ですか? はじめて言われました。俺は、いつも兄達と比べられて、頭が悪いと言われていましたから」
「そうなのか? そのわりには、言葉遣いが丁寧だが……」
『貴族だと教えるつもりはないのかい?』
『ああ……言ってもトラブルになるだけだ』
しかし、完全に貴族と関わりがないと答えても、ボロが出そうである。
「……母が、貴族に仕えていたことがあったので。今はもう、関わりがないのですが」
「そうか。しかし、貴族の従者の息子……ふむふむ」
ジスプレッサは、なにやら考え事をしている。
「あの……お話なら、移動しませんか? お礼もちゃんとしたいですし……」
「ん? ああ、ここはまだ山の中だったね。確かに、私としても少年に相談したいことがある。話は、町にたどり着いてからにしよう。『ノーマンライズ』の町が近いが、少年はかまわないか?」
「はい。俺も、その町に向かうつもりでしたから」
「そうか。それは都合がいい。いや、私も運が向いてきたかな」
カラカラとジスプレッサが笑う。
笑顔が爽やかな少女だ。
服装を除けば、実に好感が持てる。
「あの……ジスプレッサさん。魔石を回収しておいたのですが……」
ビジイクレイトは、黒く濁っている石をいくつかジスプレッサに渡す。
ジスプレッサの容態が安定してから、『デッドワズ』の死体から回収したのだ。
魔石は『魔境』や、魔獣から採取されるエネルギーの塊だ。
魔獣にとっては、簡単にいえば心臓のようなモノであり、魔石から体に巡るエネルギーで、魔獣は動いている。
生きている魔獣から魔石を取り出すのは困難だが、死んだ魔獣から魔石を取り出すのは簡単である。
魔獣が死ぬと、送り込むエネルギーの行き先がなくなって、体外に排出されるからだ。
今回は、ジスプレッサが『デッドワズ』を焼き尽くしてくれたこともあって、苦もなく集めることができた。
「ん……ああ、私が倒した『デッドワズ』の魔石か。ふむ。これだけあれば、当分は宿代に困らないな」
十数個の魔石を手にして、ジスプレッサは表情をゆるめる。
魔石は、魔聖具を動かすエネルギーなどに利用される。
そのため、高値で取引され、最低レベルの『デッドワズ』の魔石でも、一つで宿に一晩泊まる程度のお金になるのだ。
「しかし……これだけの数の『デッドワズ』に囲まれて、少年はよく生きていたね」
「運が良かったのでしょう。ジスプレッサ様のような美しい方に救われたことも含めて……」
「美しい!? ん、いや……うん。まぁ、そうだな……」
軽いジャブ程度の賞賛に、ジスプレッサは耳まで赤くしている。
『……本当に貴族じゃなさそうだな。貴族なら、あの程度の口説き文句、毎日のように聞かされるぞ』
『年頃の少女に、えぐい確認方法をするんだな、主よ』
本当の貴族なら、甘言に惑わされないようにするために、ある程度の賞賛の声は言われ慣れるように訓練されるはずだ。
しかし、ジスプレッサは、まだ照れが治らないのか、周囲をせわしなくキョロキョロしている。
「本当に見事な攻撃でした。ジスプレッサ様の放った炎は、まるで伝説に語られる不死鳥のように魔獣たちを焼き払っていきましたから。あのときのジスプレッサ様は、原初であり、もっとも苛烈で美しい炎の神、『フィーネクス』のようで……」
「わ、わかった。わかったから。ちょっと落ち着いてくれ。本当に、わかったから」
過剰にホメて見ると、ジスプレッサは顔を真っ赤にして慌てふためいている。
『……面白い』
『最悪だな、主よ』
マメが白い目で見ているが、気にしない。
「ま、まったく……まぁ、しかし、少年が私を誉める気持ちもわからなくはない。先ほどの『火の希望』は、私も会心の出来だったからな。こんな大きな魔獣まで……ん?」
ジスプレッサは、そこでビジイクレイトの後方に、デッドワズの10倍以上の大きさはある魔獣の焼け焦げた死体がある事に気がついた。
「少年、この魔獣は……」
「ああ、その死体は、私がここに来たときにはあったモノなんですよ。おそらく、『デッドワズ』はこの魔獣の死体が目当てだったんでしょうね。魔石もなかったですから」
「そうか……しかし、こんな大きな魔獣が死ぬなんて何があったんだ? それに、焼け焦げているから分かりにくいが、この魔獣は、『デッドー……」
「さぁ? 寿命でしょうか。それよりも、本当にそろそろここを立ち去りましょう。もう焼けていますけど、この魔獣の死体を目当てに、また別の魔獣が集まると困りますから」
「そ、そうだな。そろそろ行くとしよう」
ジスプレッサとビジイクレイトは、二人で魔獣の焼けた死体がある場所から離れていく。
このとき、彼女は気がつかなかった。
大きな魔獣の死体の頭部が、激しく陥没していることを。
まるで、別の強大な存在に殺されたような死に方をしていることに気がつかなかったのだ。
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