第72話【指定封印/閲覧不可】№02-03
「それで、居場所は分かったの?」
「ええ、本当に神殿の牢屋に捕らわれておりました。今は客間に移動させておりますが、よろしかったでしょうか?」
「それで問題ないわ。それにしても……神殿の牢屋に入れて、私が出さないと思わなかったのかしら」
不思議に思ったアープリアにマグダは答える。
「アープリア様が、本当にあの男の派閥だと思っているのでしょう。本当に、あの男を愛しているのだと」
あの男、とはカッステアクの事だ。
名前も極力出したくない相手に、アープリアは嫌悪感を隠さない。
「気味が悪いですわね」
「治療されることも当たり前のように思っていたようですからね。聖女の御技は、軽々しく誰にでも与えられるモノではないのに……」
やれやれとマグダは首を振る。
そのような話をしている間に、客間に到着した。
客間の扉をあけると、そこにいたのは、ロウトとゲルベだった。
「アープリア様。今回はお助けいただき、誠にありがとうございます」
赤い髪の従者であるロウトが丁寧にお礼を言う。
ゲルベも同様にお礼を言って、アープリアに敬意を示した。
「お礼はいいわ……それより、ヒドい怪我ね」
ロウトとゲルベは、よく見ると小さい傷が幾つも体に出来ていた。
「ゲルベ、だったかしら。貴女、太股に包帯を巻いているけど……」
「この程度なら、回復薬で治りますので」
「ダメよ。傷跡が出来たら大変じゃない」
アープリアは胸に手を当てると、『聖財』『賢犬の木針』を取り出す。
「アープリア様。そのようなことは……」
「大丈夫。動かないで……」
アープリアが針をくるくる回すと、針穴の方からキラキラと緑色に輝く糸が大量に出てきた。
アープリアが針を振ると、緑色の糸が飛んでいき、ロウトとゲルベの傷口をふさいでいく。
瞬く間に彼らの傷が完治したのを見て、アープリアは満足げに頷いた。
「これでよし」
「ありがとうございます。このお礼は……」
「お礼はいいわ。治療費もね。それより、詳しい話を聞かせてくれないかしら。何があったの?」
イスに座り、話を催促するアープリアに、ロウトたちは目配せをする。
「かしこまりました。お話の前に確認なのですが……アープリア様は、我々の主の味方でお間違いないでしょうか?」
「当たり前でしょう?」
少し、苛立ちさえ感じられるアープリアの返答にロウトは顔をほころばせる。
「失礼いたしました。我々に入る情報では、アープリア様はあの愚か者……カッステアクに心底惚れ込んでいると……」
「……気持ち悪いですわね。本当に」
なんでそんなことになっているのか。
もっとしっかりと対応しておけばよかったと、アープリアは心底後悔する。
「申し訳ございません。それでは、十二神式の話から……」
ロウトは、事細かにアープリアが知りたいことを話してくれた。
中にはすでに入手していた内容もあったが、細部が異なる部分もあり、充実した情報収集になった。
「……なるほど、そんなことがあったのね。つまり、待ち伏せがあった、と」
「はい。何とか全員倒すことはできましたが……無傷、とはいきませんでした」
「あいつらは不意打ちとか言っていたけど……正々堂々、正面から戦って負けたのね。情けない。まぁ、貴方達が強いのか、あの騎士達が弱いのか……」
「我々は、キーフェから直接ご指導いただいておりますので、あの程度の騎士ごときに遅れはとりません」
ロウトはきっぱりと言い切った。
「そう。そういえば、もう一人、髪の青い子がいたわよね? その子はどうしたのかしら?」
「ブラウは今、我々の主の側におります」
ロウトはそう答えると、じっとアープリアの目を見た。
「アープリア様。大変不躾ではございますが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……何かしら?」
「アープリア様は、我らが主のことを、強いと思われますか? 弱いと思われますか?」
ロウトの質問に、アープリアは一度呼吸を整えて答える。
「私は、お兄様以上に強く、賢く、尊い方を知りません」
「……ありがとうございます」
アープリアの答えに、ロウトは安堵したように息を吐いた。
「アープリア様。フューラシュイン様が戻られたようです」
マグダがアープリアに告げる。
「そう。これから、フューラシュイン様の元へ向かうわ。貴方達も同行してほしいのだけど、いいかしら? キーフェが戻るまでは、フューラシュインさまの庇護下にいる方が安全でしょう」
「かしこまりました。格別のご配慮。感謝いたします」
アープリアの提案に、ロウトとゲルベは感謝の意を告げる。
客間を出て、彼らを連れてフューラシュインの元へ向かう途中。
アープリアは考える。
(……思ったよりも、誤解されている)
わざわざ、ロウト達が『味方か?』と確認してきたことが、アープリアの心に小さくない動揺を与えていた。
アープリアは考える。
布地の提供者の事を。
『ケモノ』と呼ばれるあの人の事を。
ロウトたちの主の事を。
大切な、お兄様の事を。
ビジイクレイトの事を。
(はっきりさせよう)
アープリアは考えることをやめた。
「マグダ」
アープリアは、隣を歩いている一番付き合いの長い侍女に声をかける。
後ろにいるロウト達にも聞こえるくらいの大きさの声で。
「……なんでしょうか」
「私、フューラシュイン様にお伝えしたいことがあるの」
「それは、いったいどのような内容でしょう?」
一瞬、羞恥の感情が沸いてきて、鼓動が早くなるが、それをアープリアは軽く息を吐くだけで無視する。
それよりも、何よりも重要な話を今からするのだ。
「私は、お兄様を……ビジイクレイト様を、王にする」
動揺とざわめきが周囲に広がるが、アープリアは無視をする。
アープリアの目はしっかりと力強く、まるで王のようであった。
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