第70話【指定封印/閲覧不可】№02-01
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◇調査対象:アープリア
生命の尊さを讃えるような赤色と安らぎを感じる光のような金色の髪を揺らしながら、少女が歩いている。
その歩みには気品が確かにあったのだが、しかし、それよりも感じるのは苛立ちだろう。
彼女の名前はアープリア。
真船の国シピエイルの王女であり、『聖財』を賜った聖女である。
「アープリア様」
「下がりなさい」
出迎えた侍女を押しどけるように自室に入ったアープリアは、そのままベッドに倒れ込む。
「気持ち悪い……」
数度、ベッドでジタバタと転がったあと、アープリアは弾みを付けて起きあがる。
「ダメ。やっぱりアレがないと……」
そう言いながら、アープリアはいそいそと鍵のかかったクローゼットを開ける。
中には、大量の衣服や布地、ぬいぐるみが、一つ一つ個別に透明な袋に覆われて置いてあった。
「今日は……これで……」
その中で、一番手前にあった、白い狼のぬいぐるみを取り出すと、透明な袋をあける。
そして、とても愛おしそうに頬をゆるめながら、そのぬいぐるみを思い切り抱きしめ、ベッドに飛び込んだ。
白い狼を顔に押しつけ、息を吸うと、アープリアは恍惚の表情を浮かべる。
「……はぁ……お兄様……」
「はしたないですよ、アープリア様」
「きゃぁああ!?」
誰もいないはずの部屋から声が聞こえ、アープリアは悲鳴を上げる。
「な、なんでいるの、マグダ?」
アープリアの筆頭侍女であるマグダが、呆れたような目でベッドに倒れながら白い狼のぬいぐるみを抱きしめ……というか、匂いを嗅いでいる自分の主を見下ろしている。
「姫様の様子がおかしいと連絡を受けたので……本当はもう少し調べ物をしたかったのですがね。途中でも姫様のお耳に入れていた方がいいかもしれないと思っていたので、ちょうど良いとやってきましたが……」
「……何があったの?」
アープリアの質問を、マグダは笑顔で拒否する。
「私の話よりも前に、姫様の話が先です。何があったのですか?」
「別に……何も……」
ぎゅっとアープリアは白い狼のぬいぐるみを抱きしめる。
その様子に、マグダは大きく息を吐いた。
「そうやって、そのぬいぐるみたちに頼るときは何かあった時です。お聞かせください」
「でも……」
頑なに口をつぐむアープリアに、マグダは仕方ないとばかり宣告する。
「お話をされないということでしたら、もう、そのぬいぐるみを作るための新しい布地はもらってきませんよ? 元々、かなり無理をしているのです。それに、あまり外聞がいい話でもないのはご存じでしょう?」
「やめてよ! 言う、言うから!」
ぎゅっと白い狼のぬいぐるみを大切そうにしているアープリアを見て、マグダは少しだけ情けない気持ちになった。
ぬいぐるみに頼る主にではない。
ぬいぐるみの……正確には、そのぬいぐるみの布地に頼るしかない主を、助けることが出来ない自分に対してだ。
(恥ずかしい話だ……)
布地の提供者とアープリアの関係を考えると、仕方のない部分はあるのかもしれないが、それでも生まれた時からお世話をしているアープリアが自分よりも依存している存在があることに、敗北感に似た感情が沸いてくる。
同時に、不安も。
(大丈夫、だろうか?)
その布地の提供者について、少々面倒な話が入ってきた。
マグダはその情報の精査と現状を調べていたのだが、それを伝えるよりも先に、アープリアがなぜここまで疲弊しているのか聞き取る事が先だろう。
もしかしたら、布地の提供者に関係することかもしれないのだ。
「それで……本日は神殿で執務をされていたはずですよね?」
アープリアは『聖財』を手にしてから、正式に王族に戻っている。
そのため、王族に関する仕事もいくつかあるのだ。
内容は陳情などの書面の確認がほとんどで、優秀なアープリアであればすぐに終わる量だった。
なので、マグダとしては、今日はアープリアの休暇のようなつもりであったし、そのため、アープリアの元を離れていろいろ情報を集めていたのだが。
「……突然呼び出されてね、あの男に」
アープリアが冷たい声で言う。
彼女がこのような言い方をする相手は決まっている。
「……兄の方ですか?」
「ええ、そうよ。私を婚約者だと思いこんでいる可哀想な頭の男」
アープリアの言う男は、カッステアクのことだ。
ビイボルト・アイギンマンの長男で、アープリアのことを自分の婚約者であると公言している。
「……婚約者などの話は、キーフェからいただいていないのですがね。もしかして、また言い寄られたのですか?」
「結果としては、そうね」
アープリアの言い回しが少し不思議だ。
「どういうことでしょうか?」
「最近は、あの男から呼び出しがあっても無視しているでしょう?」
「ええ、昨夜の誕生日会も欠席されましたよね」
そのせいで、布地の提供者に関する情報の入手が遅れたのだが。
「だから……工夫したんでしょうね。あんなモノを工夫だなんて思いたくはないけど。私の執務室に騎士が来て、訓練所にケガ人が出たので治療してほしいと要請があったのよ」
「まさか……」
「騎士がわざわざ私を呼びにくるのだから、大変なケガだと思ったし、話を聞くと腕が取れかけているっていうから、私は急いで訓練所へ向かったの」
王族であり、聖人でもアープリアは人の治療できる『聖財』を賜ってるため、聖女とも呼ばれている。
アープリアの治療は、部位の欠損などは、該当の部分があれば繋ぎ直すことが出来るし、傷跡も残らない。
しかし、その治療は簡単に施されるモノではない。
回復薬などで簡単に治るものは、聖女の奇跡ではなく適宜別の治療が施されるのだ。
「そしたら、訓練所は訓練所でも、カッステアク達の個人的な訓練所でね」
カッステアク達は、アイギンマンの屋敷で武器を携帯することが出来ない。
そのため、近隣の土地で私設の訓練所を作っているのだ。
「途中で引き返そうと思っていたけど、護衛もいたし、呼びに来た騎士は必死な顔をしていたから、様子を見に行くことにしたの」
「それで、訓練所にはあの男たちが待っていて、ケガ人はいなかった、というお話ですか?」
嘘のケガ人でアープリアを呼び出したのだろうか、とマグダは思っていたら、アープリアはそれを否定する。
「あの男はいたけど、ケガ人もちゃんといたわ。腕が切り落とされた下位の貴族の子が。でもね……」
アープリアは、顔をゆがめる。
とても汚らわしいモノを見たように。
「そのケガをした下位の貴族の子。あの男の派閥の一人だったの。私も、何度か見たことがあるわ」
いつも、カッステアクの後ろについていた子供たちの一人が腕を切り落とされていた。
「痛みで暴れている子の前にね、あの男が立っていたの。それでなんて言ったと思う?」
アープリアは、一度目を閉じる。
思いだそうとしているのではない。
忘れたいと思っている。
しかし優秀なアープリアは、人の言動をよく覚えておける。
あんなおぞましい言葉を記憶に残しておきたくはないのだが。
「『お待ちしておりました、アープリア様。見てください、この切れ味。何の抵抗もなく一刀両断。我が『神財』『黄金の王剣』は素晴らしいでしょう』って笑顔で、自分の『神財』を見せびらかしながらね」
「待ってください。まさか、切ったのですか? 自分の派閥の者の腕を?」
まさかのカッステアクの凶行に、マグダも驚きを隠せない。
「ええ、そうみたいね。一応模擬戦の最中での出来事だったみたいだけど……模擬戦も、どこまでが戦いだったのかわからないけどね」
「周りの者は止めなかったのですか? 護衛の騎士たちは……」
マグダの言葉に、アープリアは、また思い出したくない光景が浮かんでくる。
「あの男たちの取り巻きは、笑っていた。カッステアクを讃えているのが半分、恐怖から従っているのが半分って感じだったけど……他に訓練所には貴族はいなかったから……そういえば、あの男の護衛騎士はいなかったわね」
「護衛騎士がいない?」
カッステアクたちは、常に護衛騎士を連れていた。
護衛というより、実態は、ただの権力に群がる犬といった方がいいが。
彼らがよく口にする『ケモノ』とは、自分自身を指しているのではと思わなくもない。
「ええ、ジメイーキだったかしら。いつもいる騎士も彼らの側にいなかった。今日、神殿の執務室に来た騎士も、あまり見ない顔だったし」
記憶が確かなら、いつもはビイボルトの近くにいる騎士だ。
それが、なぜか今日はカッステアクたちの元にいた。
「……とりあえず、自慢しているカッステアク達は無視して、腕が切れている子の腕を繋ぎ直して戻ってきた。これで、私の話はおしまい」
「その貴族にはあとで請求書を送っておきましょう。いえ、あの男宛がよいでしょうか?」
聖女であるアープリアの治療は安くはない。
気に入らない相手からは、高額を請求する。
「そのあたりは任せるわ……それで、マグダの話って何?」
アープリアに質問に、マグダは一瞬、何の事か分からなくなった。
それだけ、アープリアの話が衝撃的だったのだ。
しかし、すぐに切り替えて、マグダは話し始める。
「……これから話す内容は、あの男達に、護衛騎士がいなかった、という事と関係があるかもしれません」
「どういうこと?」
わざと、要点をずらしながらマグダは語る。
要点から言えば、アープリアがどう動くか分からないからだ。
「落ち着いて、聞いてくださいね。正確な情報も足りなくて、私も全てを調べた訳ではないのですから」
「……やけにまわりくどいのね。いいわ。それで、何かあったの?」
「昨日、あの男達の誕生日会の出来事ですが……」
マグダの話を遮るように、ドアの前のベルが鳴らされた。
回数は、速いテンポで3回。
緊急の話だ。
「まったく、こんな時に……」
マグダはアープリアに断ってから、外にいる侍女から、内容を聞いてくる。
そして、少し慌てたように戻ってきた。
「それで、何の話だったの?」
「……トコオーマが、ケガをしたそうです」
「え?」
アープリアにその話が来たということは、聖女としての治療が求められていることだろう。
そう思って、席を立とうと思ったのだが、マグダが何事もなかったかのように座り始める。
「マグダ?」
「……先に、こちらの話を終わらせておきましょう」
「でも、治療が……」
「関係のない話ではないでしょうから」
マグダは、にっこりと笑みを浮かべる。
その笑みの深さに、怒りがこみ上げている様子がよくわかった。
アープリアがマグダの話を聞くために姿勢を正すと、マグダは語り始める。
「昨日のあの男達の誕生日会、ビジイクレイト様が出席されたそうです」
「…………え?」
マグダから出てきた名前に感動の余韻を感じる間もなく、そのまま話は進む。
「そして、宣言されたそうです。あの男達から『追放する』と。今朝、ビジイクレイト様はアイギンマンの屋敷を出たそうです」
アープリアは固まっていた。
ビジイクレイトが追放された話をうまく整理出来ないのだろう。
布地の提供者である、ビジイクレイトの追放の話を。
衣服を提供しては回収するほどに、求めていたビジイクレイトが、すでにいなくなっていることを。
その衝撃は、アープリアの動きを完全に止めた。
「……落ち着いて聞いていただけるとは思いませんでした」
暴れ出すのでは、と危惧していたマグダだったが、アープリアが暴れる様子をみせないことに、少し安堵した。
……暴れる事ができないほどに衝撃を受けていることに、少しだけ敗北感もあるが。
思ったよりも穏便に報告がすんだことに、マグダがほっと息をついた時だ。
アープリアが席を立つ。
「……姫様? どうされたのですか?」
「これから、トコオーマのところへ行く」
「落ち着いて、おりますか?」
侍女に開けさせるまでもなく、自らドアに突進していくアープリアに、聞くまでもないことを、マグダは問いかける。
「当たり前でしょう? マグダも言ってくれたじゃない」
アープリアは胸に手を当てる。
取り出したのは、一本の針。
アープリアの『聖財』。
あらゆる傷を癒す、聖なる針。
「とりあえず、トコオーマを拷問します」
「落ち着いてください」
やはりこうなった、とマグダは今にも突進しそうなアープリアの肩に手を置いて止めた。
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