第66話 『浦島太郎』の『海亀』
空に浮かんでいる夢を見た。
星が煌めく夜空の夢。
闇から漏れる光がかすかに見えるだけのこの世界の夜とは違う、別の世界の夜空の光景。
夢だと思っているのに、なかなか夢から覚めることができない。
起きないといけないのに、体が動かない。
早くしないと……死んでしまうのに。
「……ガボッ!?」
ビジイクレイトは目を開ける。
しかし、何も見えない。ぼやけた視界。体に刺さる冷たさ。
何が起きているのか。何がビジイクレイトの体の回りにあるのか。
瞬時に理解する。
(……水!? 川!? 溺れている!? なんで……)
ビジイクレイトはとりあえず体勢を整えて、一息……呼吸はできないので、とにかく落ち着くように努める。
(……落ち着け。えっと確か、ヴァサマルーテ様と戦って……ああ、『神財』と『聖財』の技で川に落とされたんだ)
そこまで思い出すと、声をかけられた。
『見つけた!お母さんの仇!!『PV稼ぎの美辞麗句』完!! ビジイクレイト先生の次回作にご期待ください!!』
声の主はマメである。ビジイクレイトの肩にいた。
『期待するなよ。俺の人生これだけだよ』
『転生したのに?』
『それを言うとややこしいからやめてください』
ごちゃごちゃする。
『それで、主。大ピンチじゃないか。これから、どうするんだい?』
『どうするも何も、とにかく顔を出すよ』
もう、酸素が限界だ。
『そんなに悠長な事をしている余裕があるかな?』
マメの問いには答えずに、ビジイクレイトは浮上する。
「……はぁっ! はぁ、はぁ……くそ、流れが速いなっ……!」
顔を出しながら、ビジイクレイトは周囲を確認する。
崖のように切り立っている場所を流れる川で、陸に上がれそうにない。
それに、流れも速くて、どんどん景色が変わっていく。
「……もう、橋が見えないな。いや、橋はヴァサマルーテ様が壊したのか。でも、残骸もないし」
『……主。そっちじゃなくて、逆を見た方がいいぞ?』
「なんだよ……逆?」
ビジイクレイトは、マメに言われたように逆側……つまり、この川の流れる先を見る。
「……川が、ない?」
川が、途中で見えなくなっている。
今は夜だ。
闇で見えにくいだけだろうか。
それにしては、やけに水の音が大きく聞こえる。
まるで、あの先で大量の水が落ちているような……
『あの先は、滝だよ? どうするつもりだい?』
「ウソだろおおおお!?」
ビジイクレイトは慌てて泳ぐが、川の流れに勝てるわけがない。
どんどん、滝に向かって流されていく。
「ヤバいって! あれか? あの滝が小さくて、実は落ちても大したことはないとか、そんなオチは……」
『『アイダーキの滝』は、落差が100メートルの大きな滝のようだよ。冬に水量が増える珍しい滝だ』
「やっばいな、ソレは!!」
ビジイクレイトは崖の出っ張っている岩を掴むが、流れに勝てずに手を離してしまう。
「ああああ! 無理! どうしよう! 死にたくないって!」
『まぁまぁ、落ち着きたまえよ』
「落ち着けるかぁあああ!」
『落ち着いて、そして、諦めて新しい『物語アプリ』を購入するしかないんじゃないかい?』
「うぐ……」
マメの提案に、ビジイクレイトは顔を歪める。
「やっぱり、買わないとダメ?」
『ほかに、この状況を打破出来るのなら、やるがいい』
「うぐぐ……」
そうやって悩んでいる間にも、滝はどんどん迫っている。
『ほら、あと100メートルもないよ?どうするんだい?』
「あああ、ちくしょう!」
ビジイクレイトは、『キーボード・タブレット』を取り出して、起動する。
そして、『物語アプリ』を購入した。
『さて、何を買うのか……』
「じっくり悩む暇もない!」
ビジイクレイトは、とりあえず泳げそうな話を選んだ。
その話は、物語の冒頭に泳げる動物が出てくる話。
「『浦島太郎』の、『海亀』! 君に決めた!」
ビジイクレイトより一回りは大きい海亀が現れた。
海亀に乗った途端、体に感じていた川の流れがなくなる。
『……良い選択だね。『浦島太郎』の『海亀』とは。この亀は、深海にある『竜宮城』まで人を乗せて連れて行く事ができる。急流でも安心して身を任せる事が出来るだろう』
『そ、そうだろう……助かった』
『浦島太郎』で浦島太郎が海亀に乗っても普通に呼吸していたように、水中に潜っているのに息苦しくない。
ようやく、一息つけて、ビジイクレイトは海亀の甲羅にべったりとへばりつく。
『さてさて、それで、これからどうするんだい?どこに行くんだい?』
『ちょっと、休ませてくれ。考える余裕はない……』
ぐったりとしたまま、ビジイクレイトは答える。
『フム。このまま水中で海亀の甲羅を寝床にして休むのも悪くないが……一つ忘れていないかい?』
『何が? もしかして、カッステアク達の追っ手とかか? 橋が壊れるような攻撃を受けたんだ。俺が生きているなんて思っていないだろうし、仮に来ても、この暗闇の中、川の底に沈んでいる海亀を探すなんて出来るわけないだろ』
5メートル以上は確実に潜っている状態だ。
昼間ならばまだしも、夜に見つけられるとは思えない水深である。
『いやいや、そうではなくてね。この海亀も、出している限り、PVを消費するんだけどね?』
『あ……』
マメに指摘され、ビジイクレイトは上体を起こした。
『ああああああああ!? そうだった! ヤバい! こいつ、どんだけ消費するんだ? PV!』
『一分で1PVのようだよ』
『人気作のPVじゃねーか!! やばい! 早く陸地に到着して、早く消さないと!』
ビジイクレイトはあわてて周囲をキョロキョロと見回すが、当然、周りは水とガケの岩だけである。
『どうしよう、どうしよう!』
『だから、どこに行くのか決めないと……決めてないのかい?』
『ないよ、そんなもん! とりあえず適当な町で適当に小説を書いて生きていこうとかし思っていなかったからな!』
『なんて無計画な』
小説家なんてそんなもんである。
小説さえ書ければそれでいいのだ。
『そんなことを話している間に5PVだ』
『あああああ!? この小説の一日の最低PV数を消費してしまった!!』
言いながら、ビジイクレイトはダメージを追う。
読んでもらえるだけありがたいのだが、一桁PVは、やはりダメージがあるのだ。
『特に、そのまえに二桁PVが続いていたから……、ね?』
『ね? じゃなくて、計画がないなら、海亀に決めてもらうのはどうだい?』
『……どういうことだ?』
『この海亀は、『浦島太郎』の海亀だ。人を竜宮城まで連れて行った海亀だよ? つまり、海亀に任せて進めば、何処かに連れて行ってくれる』
ビジイクレイトは、マメの提案を聞いて考える。
『なるほど……でも、それって竜宮城に連れて行かれる可能性があるんじゃないか?』
『この世界に竜宮城があるのかい?』
『ない……とは言い切れない。魔境は、ある意味じゃ竜宮城のような所だし』
『……そうかい。では、条件を出してはどうだろう』
『条件?』
『例えば、『安全な所へ連れて行ってくれ』とか。命令すれば、その条件に合う場所に連れて行ってくれるはずだ。もちろん、地名を言えば、その近くの川まで連れて行ってくれるだろうさ』
ビジイクレイトは少し考えて、海亀に言う。
「よし。じゃあ、海亀。これから『安全』で『人目につかない』場所に連れて行ってくれ。出来るか?」
海亀は、ビジイクレイトの命令に一度だけ力強く頷いた。
そして、そのままスゴいスピードで進みはじめる。
『おお、速い!』
『サラマン……』
『速い! だけでいいからな!』
途中で、大量のがれきが沈んでいる場所があった。
おそらく、あそこが橋があった場所だろう。
『さて、どこに連れて行ってくれるのかなー』
約一時間後。
海亀が浮上して、下ろしてくれた。
「ハァーハッハッハ! よくぞ来た! この『闇の隠者の隠れ城』へ!!」
どう見ても、悪の女幹部のような格好をした、派手な化粧のハイテンションな女性が待ちかまえていた場所へ。
周囲は牢屋の格子に囲まれていて、どうやら建物の中に川を引き込んでいる構造らしい。
「……これのどこが『安全』で『人目につかない場所』なんだよ!」
ビジイクレイトのツッコミに、海亀は首を傾げているだけだった。
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