第63話 『聖剣士』ヴァサマルーテ

「おお! まさかこのような場所まで来るとは、我が愛しの剣よ」


 突然現れたヴァサマルーテに、カッマギクは嬉しそうに声をかけている。


『『愛しの剣』?』


『カッマギクは、ヴァサマルーテ様を婚約者にしているからな』


『婚約者にしている? ソレは、何か惨めで情けない話のようだね』


『……情けない?』


『ああ、なぜなら……アノ子には、私が見えているようだ。イキリ雑魚モブ顔と違って』


 ヴァサマルーテの視線の先をよく見ると、ビジイクレイトとマメの方をキョロキョロと見ていた。


 そして、不思議そうに首を傾げている。


「……あの……」


「ああ、我が『愛しの剣』よ! 今から、私があの醜き『ケモノ』を、この貴き炎で焼き尽くしてみせよう」


 カッマギクが芝居のように声を張り上げて、踊るようにヴァサマルーテの前に出る。


 そして、『神財』の杖に、力を込めて、炎を作り出していく。


「たとえ、どのような卑怯な防具を使おうとも、私たちの愛の炎前では無力であると、その身に教えてやろう! 『ファイヤーボール』!」


 カッマギクの杖の前に現れた炎の塊が、ビジイクレイトに向けられる。


 避けようとビジイクレイトが構えるが、それが放たれることはなかった。


「……あれ?」


 カッマギクが唖然としている。


 突然消えた自分の必殺技に、困惑しているのだろう。


「……どきなさい、と言ったはずですが?」


 唖然としたまま動かないカッマギクの横を何事もなかったかのようにヴァサマルーテが通り過ぎようとする。


 すると、ヴァサマルーテの声を聞いて我を取り戻したカッマギクは、再び杖に力を込める。


「くっ……『愛しの剣』を前にして、力を込めすぎたか?」


 しかし、再び炎が消えてしまう。


「なぜ……なぜ?」


 困惑から混乱にカッマギクの心境が変わっているなか、ヴァサマルーテはビジイクレイトに近づいてくる。


『……見えたかい?』


『ヴァサマルーテ様が炎を消していたな』


 自分の攻撃に集中していたカッマギクは気づかなかったようだが、彼が作り出した炎は、ヴァサマルーテが消していた。


 ただ一度、剣を振るって。


『……強くなったなぁ』


 昔は『お師匠様』などと言われ、一緒に訓練をしていたが、あの頃に比べてヴァサマルーテはとてつもなく強くなっている。


『これが、次期勇者候補……本当の、『勇者の仲間』か』


 忘れたはずの憧れを思い出して、ビジイクレイトはつい思い出をこぼしてしまった。


『『勇者の仲間』?』


『聖剣を得たヴァサマルーテ様は、次期勇者候補の筆頭だ。だから、今の『勇者の仲間』になって、引継ぎというか、訓練をする予定なんだよ』


 予定では、中央での学校を修了してから、『勇者の仲間』になるそうだ。


『でも……『勇者の仲間』、か』


『主?』


 ビジイクレイトが憧れた『勇者の仲間』に、目の前の少女が選ばれた。


 その事実が、ビジイクレイトに少しだけ暗い影を落とした。


「……お久しぶりですね」


 ビジイクレイトと十分に会話ができる距離に近づいて、ヴァサマルーテが話しかけてくる。


 彼女の後ろでは、カッステアク達が何やら話しているが、ビジイクレイトの耳には入らなかった。


 ただ、目の前の少女にのみ、意識を集中する。


 ヴァサマルーテは、とても綺麗に成長していた。


 鍛えられた体は、一流の彫刻を思わせる。


 しかし、彼女の手には剣が握られていた。


 訓練用の剣ではない。


 人を殺せる、刃のある真剣だ。


「アイギンマンの屋敷を出たと聞きました」


「はい」


「つまり、今はアイギンマンの家とは無関係だと、聞いています」


「そうですね」


「なら……」


「なら、私を殺しますか?」


 ビジイクレイトは剣と盾を構える。


「え?」


「カッマギク様の婚約者であるヴァサマルーテ様がここにいるということは……そういうことでしょう。かの『聖剣士』と戦えるとは……光栄だ」


「あの……」


「でも、私も……ただ殺されるつもりはない!」


 ビジイクレイトは駆けだして剣を振り下ろす。


 ビジイクレイトの剣は、刃が付いていない模擬戦用の剣だ。


 思い出に持ってきた物で戦いに使う予定はなかったが……『聖剣士』であるヴァサマルーテにそんなことは言っていられない。


 ビジイクレイトの剣を、ヴァサマルーテは持っていた剣で受けた。


(最悪の場合、振れただけで剣が切れてしまうかと思ったけど……そこまで武器に差があるわけじゃないらしい。これは、暁光だな)


 ビジイクレイトの猛攻をヴァサマルーテは涼しい顔で受け流す。


 しかし、ビジイクレイトは手を止めるつもりはない。


『ウワァ……可愛い女の子相手には暴力的な男……この主、最低だ』


『やめろ! 風評被害だ! 名誉毀損だ!』


 突然力の抜けるようなことを言われたが、ビジイクレイトはそれでも攻撃の手をゆるめない。


『これは、ヴァサマルーテ様が強いからだよ。圧倒的な格上相手に守勢なんて、殺されるようなものだろ!?』


『そうかもしれないけど……でも、それだけかい?』


 マメの質問に、ビジイクレイトは少し考える。


『この会話、ヴァサマルーテ様には聞こえているのか?』


『いいや、僕が許可しないかぎり、僕が発信する情報は全て『封印』される』


『『封印』って、なんかカッコいいな』


『そうだろうそうだろう』


 ドヤ顔しているマメをグニグニしたくなる衝動にかられるが、ビジイクレイトは何とか耐える。


『……まぁ、聞こえないならいいか。正直な話をすると、試したかった』


『試したかった?』


『ああ……いや、これは綺麗に言い過ぎだな』


 自分に使う、美辞麗句だ。


『本当は……ただ嫉妬しているだけだ』


 ビジイクレイトの渾身の一撃を、ヴァサマルーテは何事もなかったかのように受け流してしまう。


『嫉妬……ソレで、その結果はどうなのかい?』


 嫉妬から、試して。


『そうだな……』


 ビジイクレイトの攻撃を受け流したヴァサマルーテは、ビジイクレイトの腹を蹴り上げる。


「ぐぅっ!?」


 ビジイクレイトの体が数メートルは飛び、石で出来た橋の欄干に当たる。


『……認めるしかないよな。自分の弱さと……ヴァサマルーテ様の強さを』


 ビジイクレイトはゆっくりと立ち上がる。

 ヴァサマルーテに蹴られたお腹がジクジクと痛む。


 あの細身の体のどこに、このような力があるのか不思議だ。


 しかし、その不思議に思考を割く余裕はビジイクレイトにはなかった。


「『光湖の長剣』」


 ヴァサマルーテは今まで振っていた剣を鞘にしまうと、自分の胸に手を当てる。


 すると、煌びやかな長剣が現れた。


 ヴァサマルーテの『聖財』。


『聖剣・光湖の長剣』。


『ウワァ……綺麗な剣だね』


『ああ、そして……』


 ヴァサマルーテが『聖剣』を振るう。


 とっさに飛び退いたビジイクレイトの後ろで、橋の欄干が二つに切れた。


 その斬撃は、そのまま橋の向こう側まで飛んでいく。


『凶悪な剣だ』


 ビジイクレイトが上体を起こす頃には、すでにヴァサマルーテは『聖剣』を振り上げていた。

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