第56話 ロウト達の餞別
「もう、追っ手はこないかな?」
かすれる声で言ったビジイクレイトは、もうヘトヘトになっていた。
近くの木の幹によりかかり、ビジイクレイトは息を吐く。
(走るのは苦手なんだよ。そもそも、屋敷から出たことなかったし。でも、もう無理だ。足が動かない)
プルプルと震える足に呆れながら、ビジイクレイトは目を閉じる。
しばらく、そのまま動かないでいたが、変な音も襲撃もない。
聞こえるのは森の音だけだ。
「……よし。もう逃げ切れたことにしよう。これ以上は無理だ」
いつまでも逃走することはできない。
そんな体力がビジイクレイトにはない。
休憩することにして、ビジイクレイトは体を起こす。
「ロウト達は大丈夫かな……」
心配したところで、ビジイクレイトに出来ることはない。
背負っていた背嚢をおろして、中を確認する。
この中には、ロウトたちがくれた餞別が入っている。
「……なんか、色々あるな」
ご丁寧に説明文も入っていた。
ビジイクレイトは内容を確認する。
『活火の打ち石』:濡れ木にさえ火をつけることが出来る。
『雲水の筒』:毒水さえも浄化し、極上の飲み水に変える。
『威風の外套』:強風から身を守る。威風により身を守る。
『浄土の小刀』:切断したモノを浄化する。
『暁木の縄』:光をため込んだ樹木の縄は、成長し、あらゆるモノにからみつく。
『初雷の靴』:雷により身体を活性化させる。
説明文を読んで、ビジイクレイトは頭を抱えた。
「なんだ、この高性能な『魔聖具』は。ほとんど『神財』クラスじゃないか。貴族が家宝にしてもおかしくないぞ」
そもそも、ロウト達はこのような『魔聖具』をどうやって入手したのだろうか。
一つ一つが、中央で屋敷を買えるクラスのお宝ばかりだ。
「……深く考えるのはよそう。とりあえず、靴があるのは助かった。ボロボロになってしまったからな。あと、外套も変えるか」
『初雷の靴』を履き、『威風の外套』を羽織る。
「……靴を変えただけで、体が軽くなった気がする。外套も、なんだこれ。軽いのに、暖かい。ヤバいな、これ」
思った以上に高性能な魔聖具に、ビジイクレイトは少しはしゃぐ。
「このまま、近くの町まで……いや、さすがに無理か。夜が登りそうだ」
じわじわと登ってくる闇に、ビジイクレイトは顔を険しくする。
「野営するしかないのか……見たところ、『魔境』は近くになさそうだし、魔獣は出ないと思うが……そもそも、冬の山なんだよなぁ」
『威風の外套』は暖かいが、それを着込んでいるだけではおそらく凍死するだろう。
「天幕なんて用意してないんだよなぁ……こんな逃走劇をする予定はなかった」
基本的に、この世界では一人で野営はしない。
魔境から出てきた魔獣と遭遇するかもしれないからだ。
なので、旅する場合は基本的に町から町まで。出来ない場合も、他の旅人が集まる広場が用意されているところでするのが決まりだ。
ビジイクレイトも、当初の予定では隣町まで歩いていく予定だったので、天幕は荷物に入れていなかった。
必要なら買うつもりだったのだ。
また、ロウト達も天幕は大荷物のため、ビジイクレイトに持たせるつもりがなかったことが、今回は裏目に出ている状況だ。
「……使うしかないのか」
ビジイクレイトは深いため息と共に、胸に手を当てる。
取り出したのは、自身の『神財』。
『キーボードタブレット』。
能力は小説を投稿すること。
そして、投稿した小説のPVに応じて、様々なモノを購入できること。
そう、PVを消費して、ビジイクレイトは天幕を購入しようと考えたのだ。
「うう……キーワードの追加とか、概要の記入に使う予定だったのに……」
様々なことに……というかあらゆることにPVを消費するのが、この『キーボードタブレット』である。
色々使ってみたかったが、PVを稼ぐのはとても難しかった。
キーワードなど、重要な機能もPVを消費しないと設定できない。
1PVの重さを知るものとして、ビジイクレイトはこれまでPVをキーワードの設定以外に使用してこなかったのだ。
しかし、今は命が関わっている。
この場で天幕を購入するのは決定事項だ。
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