第55話 従者達との別れ

 ロウトの『火牛の衣』による火は、どんどん広場に広がっていく


「……おい! なんでロウトを……! それに、ブラウは……」


「大丈夫です」


 ゲルベははっきりと答えるが、なにが大丈夫なのだろうか。


 ジメイーキ達は、性格こそ悪いが、上位貴族のアイギンマンに仕えている貴族であり騎士だ。


 さきほど一蹴したランタークの親衛隊たちとは違い、全員『神財』を持っている。


 人数も倍はいるのだ。


 ロウトが勝てるとは思えない。


 無事にすむとは思えない。


「それよりも……問題はこっちです」


 ジメイーキ達がいた街道とは逆側にビジイクレイトたちは出た。


 しかし、それを待ちかまえていたように、しばらく走ると街道を防ぐように馬に乗っている男たちがいる。


「……くっ!」


 男たちが炎を放ってくる。


『魔聖法』の炎だろう。


 ゲルベは手綱を引いて、魔聖馬の走る方向を変える。


「揺れますけど、我慢してくださいね!」


「うわっ!?」


 街道の整えられた道から、整備されていない森に入る。


 幸い、雪はそこまで積もっていないが、揺れるし、枝が当たる。


 正直痛い。


「……こんな森の中も走れるなんて、魔聖馬ってすごいな」


 そんな森の中を、変わらないスピードで駆ける魔聖馬が優秀すぎる。


「特別製ですからね。このまま森を駆ければ……」


 ゲルベの言葉が止まった理由に、ビジイクレイトも気がついた。


「カッステアク達の護衛騎士ってこんなにいるのか?」


 森の先にも、待ちかまえている騎士達がいた。


 十人はいるだろう。


「おそらくは、ランタークの騎士も使っているのでしょう。あと、騎士以外もいるようです」


 鎧を着ている騎士以外に白い衣をまとっている者もいる。


「ビジイクレイト様。手綱を任せます。そのまままっすぐ進んでください」


 ゲルベが胸に手を当てる。


「え、っとと!」


 ゲルベに手綱を渡され、ビジイクレイトは慌てて握る。


「迂回しても、街道にいた奴らが追ってくる可能性があります。このまま、私の『神財』であいつ等をぶっ飛ばします。まぶしいと思いますが、気にせずに進んでくださいね!」


 ゲルベが『神財』を取り出す。


『雷鶏の弓』。


 雷で出来た矢を高速で打ち出す弓だ。


 応用すると、声や映像を届けることも出来るらしい。


 しかし、今回使用するのは、本来の使い道。


 雷により殲滅だ。


「出来るのか? そんなこと!」


「やってみます。盾の『神財』でも持っていたら無理でしょうけど……」


 バチバチと音を立てながら、『雷鶏の弓』が大きくなっていく。


 待ちかまえていた騎士達も、どうやら『神財』を持っているようだが、全員、剣のようだ。


 その様子を見て、ゲルベは笑みを浮かべる。


「持ってないよなぁあああ! お前らじゃなぁあああああ!」


 ゲルベが雷の弓を放つ。


 轟音と響かせ、閃光が走ると、騎士達が吹き飛んでいた。


「……スゴい」


「はぁ、気持ちいい。最高……」


「色っぽい声はやめてくれ」


 恍惚。といった表情で、ゲルベが笑っている。

 鎧を着た騎士達を一撃で吹き飛ばしたのだ。


 それは気持ちがいいだろうが、そこまで感じられると少々気まずい。


「あいつら、ビジイクレイト様をバカにしていた奴らなんですよ。やっと吹き飛ばせました」


「……そうか」


 そのまま、倒れている騎士達の横を通り抜けていく。


「やぁーい。バーカバーカ」


「煽るのはやめなさい」


 倒れて、しびれて動けない騎士達に、ゲルベは煽っていく。


 どうやら、そうとう鬱憤がたまっていたようだ。


「悔しかったら追ってこーい」


「本当に追ってきたら面倒だろ……」


 ケタケタ笑っていたゲルベが、不意に、笑みをやめる。


「危ない!」


 ゲルベが、ビジイクレイトに覆い被さった。


 ゲルベの体に数本の矢が刺さり、そのまま魔聖馬から落ちていく。


「……ゲルベ!」


 落ちながら、ゲルベは雷の矢を放つ。


 すると、木の上から白い装束の男が落ちてきた。


「……伏兵」


「ビジイクレイト様!」


 ゲルベが叫ぶ。


 同時に、強い衝撃を受けた。


「……え?」


 ビジイクレイトが魔聖馬から落ちる。


 剣が、刺さっていた。


 刺さっているのは、ビジイクレイトが先ほどまで乗っていた魔聖馬だ。


「行かせるな! 生かすな! ランターク様のために、あの『ケモノ』を殺せ!」


 倒れていた騎士の一人が、よろめきながら立ち上がる。

 あの騎士が自分の『神財』の剣を投げて、魔聖馬に当てたのだろう。


 騎士の声に答えるように、ゲルベに倒された騎士達が体を起こす。


「……ビジイクレイト様」


「ゲルベ」


 肩に刺さった矢を抜きながら、ゲルベがビジイクレイトに言う。


「……一人で、逃げられますか?」


「一緒にいこう」


 ビジイクレイトの迷いがない言葉に、少しだけ躊躇ったあとにゲルベが首を振る。


 どこかで、木の枝が落ちる音がした。


「ビジイクレイト様に誘われるのは嬉しいですが……お断りします。足をやられました」


 よく見ると、ゲルベの太股に、矢が刺さっている。


「ここで追っ手を食い止めますので、ビジイクレイト様は走ってください。魔聖馬は使えませんので」


 剣が刺さった魔聖馬は、バタバタと、文字通りに壊れたように倒れて、暴れている。


 周囲の状況を確認するように、ビジイクレイトは辺りを見回し、目を伏せる。


「……任せた」


「……お任せください。ビジイクレイト様を害する者は、全て私が打ち倒します」


 ゲルベが弓を構える。


 同時に、ビジイクレイトは走り出した。


 目がくらむほどの閃光が、耳を覆いたくなる轟音が、背後で光り、鳴る。


 しかし、どんな光も音も、ビジイクレイトは振り返らずにただまっすぐに走り続けた。

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