第53話 怒りの炎

 ビジイクレイトの反応など気にしていないのか、リーダー格の男の自慢話は続いていく。


「そう、私があの女の目を抉ったのだ! 他の隊員が怯えるなか、私が勇敢にもあの女に切りかかり、左目を奪った。私の剣に怯んだ隙に、他の者が切りつけ、私もさらに左腕を切り落とすことに成功した。痛みで泣きわめくあの女の醜い顔! 今でも詳細に語ることが出来る!」


 ビジイクレイトの母親が、ロマンシュテレが殺された状況を、その当事者が自慢げに語る。


「その戦果によって、私はランターク様の親衛隊の部隊長を任されたのだ。わかるだろう、私を傷つければ、ランターク様が黙ってはいない。わかれば、我々を解放して命乞いをしろ!」


 リーダー格の男性が笑う。


 その顔は、勝利を確信していた。


「そうだ! 私もロマンシュテレの右耳を削いだ!」


「私は鼻を切り落としたぞ!」


「俺は胸を突いた!」


 他のランタークの親衛隊の男達も、口々に己の自慢を話し出した。


 彼らの顔には誇りが満ち、なんの陰りもなかった。


「……そうですか。そのようなことが……」


 ビジイクレイトは、相づちを打っている。


 思考が追いつかない。


 ただ、自慢げな男たちの自慢げな話が、情報として処理されない。


 だから……


(とりあえず、笑っておくか)


 ビジイクレイトが、笑みを深めた時だ。


「さあ! 早くし……ゲハッ!?」


 リーダー格の男性の顔が飛んだ。


 そのまま仰向けに倒れた男性の顔がさらに踏みつけられる。


 リーダー格の男性の顔を蹴り、踏みつけたのはロウトだった。


「……ロウト?」


 ロウトは、今までに見たことがないほどに、険しい顔をしている。


「な……何を……この顔に……ランターク様が美しいと誉めてくださった顔に何を……ウベっ!?」


 ロウトは、リーダー格の男の顔を踏む。


「……我々は、今までお前達を見逃していた。それがキーフェと、ビジイクレイト様の望みだったからだ。なのに、なんだその言動は」


 何度も、何度も、踏んで、踏んで、踏み抜いて、ロウトの靴が血に染まっても、止まることはない。


「お前達は、噛みしめることも出来ないのか? 許されていた幸運を。見逃されていた慈悲を。ならば、そのような歯はいらないだろう?」


 さらに踏んで、踏みつけて。


 リーダー格の男の歯が一本残らず砕けているのを確認して、ロウトは足を離した。


「……生きている、か」


 リーダー格の男性はピクピクと痙攣しているが、呼吸はしていた。


 しかし、虫の息といった感じで、このままではすぐに死んでしまうだろう。


「……ご心配なく。治療はします」


「そうか」


 ロウトが答え、倒れているリーダー格の男に近づく。

 

「……回復薬を使わないのか?」


 ロウトは、なぜか『火牛の衣』を取り出している。


「はい。もったいないですし」


「その『神財』治療も出来たのか」


 治療が出来る『神財』は貴重である。

 アープリアが聖女と呼ばれるように、珍しい能力である。


「治療というか……応急処置だけですね」


 ロウトはリーダー格の男の顔に『火牛の衣』をかける。


「……ギャァアアアアアアアアアア!?」


 すると、リーダー格の男が悲鳴を上げる。


 よく見ると、『火牛の衣』が燃えていた。


「……傷口を焼き固める。この男の応急処置ならば、これでいいでしょう」


 ロウトが『火牛の衣』を外すと、リーダー格の男の出血は止まっていた。


 しかし、自慢していた整った顔は焼け焦げ、ゆがみ、無惨なモノに変わっている。


「……なんと、酷い……」


 リーダー格の男の変わり果てた姿に、ランタークの親衛隊の隊員の一人がぽつりとこぼした。


 その声を、ロウトはしっかり拾っていた。


「ビジイクレイト様」


「……なんだ?」


「他の者達にも、応急処置をします」


「……わかった」


『火牛の衣』が、大きく広がる。


「や、やめろ……」


「なんで、我々が……」


「ギャァアアアアアアアア!!」


 ランタークの親衛隊達の顔に『火牛の衣』が巻き付き、彼らの顔を焼いていく。


 ロウトの応急処置はすぐに終わり、残ったのは、顔が焼け焦げた男達だけだった。

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