第51話 謝罪

 しばらくの間目を閉じ、手を合わせたあと、ビジイクレイトは立ち上がる。


「ビジイクレイト様。こちらを……」


 ブラウが、花で出来た飾りをビジイクレイトに手渡す。


「これは?」


「屋敷の温室の花で準備しました。お母様が好まれていた花です」


 小さな色とりどりの花がいくつもついている、紫陽花のような花である。


 今は冬で、花が咲くような時期ではないが、アイギンマンの屋敷には温室がある。


 そこでは季節に関係なく色々な花が育てられているそうだが、その中から、ビジイクレイトの母親、ロマンシュテレが好んでいた花を準備してくれていたようだ。


「……ありがとう」


 ビジイクレイトは少し悩んで、モニュメントの中央に花の飾りをおく。


 ここが、一番見栄えのいい場所だと思ったのだ。


「そろそろ、出発されますか?」


 ロウトが少しだけ気まずそうに声をかけてくる。


「いや、せっかくだから食事にしようか。ここは、野営地も兼ねているのだろう?」


 ビジイクレイトは周囲を見渡す。


 目立ったゴミは落ちていないが、所々、たき火の跡が残っている。


「……申し訳ございません。管理が行き届いておらず」


 ロウトが慌てて謝罪するが、ビジイクレイトも慌てて答える。


「いや、いいよ。街道にこんな広場があるんだ。旅をする人には便利だろう。それに、母上はこんなことで怒る人ではないだろうし」


 それでも謝るロウトをなだめて、再度、ここで食事をする旨を皆に伝える。


「近くはないですが、この先に町はありますよ? 軽食なら、馬上でも食べることはできますが……」


 ゲルベの質問に、ビジイクレイトは少し気まずそうに答える。


「それはそうだが……母上と食事をするのも、悪くないかな、って」


 ロマンシュテレの墓はアイギンマンの神殿にある。


 なので、ここにビジイクレイトの母親はいない。


 しかし、神殿の墓の前で食事をすることは出来ないし、墓と亡くなった場所では、想いが異なる。


「……かしこまりました。準備いたしましょう」


 ビジイクレイトの心情を察して、ロウト達は動いてくれた。


(……ごめんな)


 心の中で謝って、ビジイクレイトはモニュメントを軽くなでた。



「それで、次に向かう場所ですが……」


 用意してくれた朝食を食べながら、ビジイクレイトはロウトの話に耳を傾ける。


 ちゃんとイスとテーブルで食事が出来ているのが、すごい。


 キャンプ用具一式並の装備を、彼らは持っているようだった。


「私は、中央を目指して進むべきだと考えています」


「中央?」


「はい。中央ならば、ロマンシュテレ様と懇意にされていた貴族もおりますし、それに、学院に通う際にも便利ですので……」


「学院?」


 先ほどから首を傾げてばかりいるビジイクレイトに、ゲルベがあきれた目を向ける。


「ビジイクレイト様。『神財』を得た者は、中央の学院で六年間学ばなくてはならないことは知っていますよね?」


「あ……ああ。もちろん」


(やばい、忘れていた)


 ゲルベの言うとおり、『神財』を得た者は中央で力の使い方を学ぶ義務がある。


「しかし……俺は学院にいけるのか? 屋敷を追い出された身だぞ?」


「『神財』を得た者は通わなくてはいけないのですよ。私も、ブラウもゲルベも。学院には通わなくてはいけません」


 ロウトの答えに、ビジイクレイトはまた首を傾げる。


「ん? でもロウト達はずっと俺のそばにいたよな? いつ通っていたんだ?」


「私たちはまだ通っていません。ビジイクレイト様の入学に合わせて、通うつもりです」


「そんなことできるんだ」


 期間が六年と決まっているだけで、通い始める年齢はそこまで厳格に決まっているわけではないらしい。


「なので、中央に向かおうと思うのですが、よろしいですか?」


「そうだな……」


「何かあるんですか?」


 ゲルベが、煮え切らない態度をしているビジイクレイトの顔をのぞき込む。


「いや、何かというか……」


(なんか気になるんだけど……)


 何がひっかかっているのか悩んでいると、突然ビジイクレイトにブラウが抱きついてきた。


「ビジイクレイト様!」


「何事!?」


 ブラウに押し倒されて、彼女の柔らかい肢体を喜ぶ暇もなく、ビジイクレイトの耳に爆音が響く。


「え、何?」


「襲撃です」


 ブラウがすぐにビジイクレイトの体を起こすと、そのまま彼を守るように背に隠す。


「……囲まれていますね」


 森から、顔を隠した男達が出てくる。


 人数は五名。


 皆、仕立ての良い服を着ていて、盗賊などには見えない。


「何者だ! 我々がキーフェ・アイギンマンに仕える者だと知っての狼藉か!」


 ロウトが、男達の中で一番立派な服を着ている男に向かって話しかける。


「我々はランターク様の親衛隊である!」


「……答えるんだ」


 顔を隠している男達のリーダー格だと思われる男は、普通にロウトの問いに答えた。


 どうやら、身元を隠すつもりはないらしい。

 なら、なぜ顔を隠すのか、少し意味がわからないが。


(……でも身元を隠さないってことは……)


 リーダー格の男が、部下達に命じる。


「殺せ! ランターク様の心を乱す『ケモノ』たちを!」


 男達は一斉に武器を取りだして、ビジイクレイト達に襲いかかってくる。


「ゲルベはそのまま前方の敵を頼みます。ブラウはビジイクレイト様から離れないでください」


 そういいながら、ロウトは胸に手を当てると、一枚の赤い色のハンカチを取り出した。


(……ロウトの『神財』)


「『火牛の衣』」


 ロウトがハンカチを振ると、炎が舞い上がった。

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