第50話 ロマンシュテレの慰霊碑

 綺麗に舗装された街道を、三台の馬のような機械が走っていく。


 その馬には、それぞれまだ年若い男女が乗っていた。


「魔聖馬なんて、よく用意出来たな」


「この身分証を見せれば、いつでも借りることが出来るのですよ」


 西門を出て、ビジイクレイトが母親の死んだ場所に行きたいというと、ロウトはすぐに門まで戻り、三台の魔聖具の馬を借りてきた。


 魔聖馬は、金属と陶器の中間のような素材で出来ており、通常の馬よりも速く、長く駆けることが出来る。


(まぁ、魔獣の馬には、魔聖馬よりも速い奴がいるし、空を飛ぶことも出来る奴がいるらしいけど)


 そんな魔聖馬はもちろん高級品であり、平民では町を牛耳るほどのお金持ちしか使用できない。


 貴族でも、下位の貴族ではまず無理で、普段使いしているのは、上位の貴族のみだ。


 そんな魔聖馬が三台である。


 屋敷を追い出された者が使用していいのか、少し疑問ではある。


「ビジイクレイト様。乗り心地はいかかですか?」


(疑問といえば、こいつだな)


 後ろから、ぎゅっと抱きついているブラウに、ビジイクレイトは少しだけ顔をゆがめた。


(乗り心地はいかがか、と問われると、最高ですって感じではある)


 意外と着やせするタイプのブラウの柔らかい部分がビジイクレイトの色々な部分に当たるので、正直かなり心地よい。


 が、それはそれである。


「なぁ、ブラウ」


「はい。なんでしょう?」


「あの……なんか、近くないかな? その、色々と……」


 直接的に言えなくて、何とか絞り出したビジイクレイトの疑問に、ブラウは少しだけ頬を染めて、しかし嬉しそうに語り出す。


「仕えている間は、従者としての立場を重視しておりましたので……しかし、今は従者ではないのでしょう?」


 ぎゅっと、さらに強くビジイクレイトをブラウは抱きしめる。


「なので、こうしてもアリ、かと」


「アリなのか? 従者じゃなくても淑女としての振る舞いはあるだろ?」


 そんなビジイクレイトの指摘は聞いていないのか、ブラウは嬉しそうに抱きついたままだ。


 仲間を求めて、ビジイクレイトはロウトに視線を移す。


 しかし、ロウトは笑っていた。


「許してやってください。昨日、ビジイクレイト様にキーフェの元へ戻るように命じられて、我々は多少なりとも心を痛めているのですから……」


「いや、それとこれとは……」


「あるんですよぉ」


 うりうりと、ブラウはビジイクレイトに頬ずり……というか、顎ずりをする。


「……ずっと、出来なかったんですから。今はこうさせてください」


「……ブラウ?」


 ビジイクレイトの言葉に応えずに、ブラウはただ彼を抱きしめていた。


(まぁ、いっか……イヤな心地ではないしな)


 そうして、しばらくの間進んでいると、街道が森の中に入っていく。


 その森の中に、広場があった。


 広場には、岩で出来たモニュメントが一つ。


 ここが、ビジイクレイトの母親が殺された場所だ。




「……こんな風になっているんだな」


 ビジイクレイトの母親が殺されたとき、森が燃えていた。


 その場所をそのまま広場にしたようだ。


(サッカーが出来るくらいには広いな。つまり、それだけ燃えたってことだ)


 あの日のことが脳裏に浮かびそうになるのを、ビジイクレイトは頭を振って押さえる。


「ビジイクレイト様?」


「……なんでもない」


 その広場の中央にあるモニュメントに近づいて、ビジイクレイトはひざをつく。


 モニュメントには、文字が刻まれていた。


(『聖霊使いロマンシュテレの慰霊碑』、か。ここに母上は眠っていないが……)


 そして、そのまま手を合わせた。


 挨拶の仕草や礼儀など、色々な所作がジイクの世界とビジイクレイトの世界では違う。


 しかし、何かに対して祈るとき、手を合わせる仕草は同じなことに、ビジイクレイトはなせか安心した。


(……素直に願えるから、かな?)


 安寧を、平穏を。


 ただ願い続けた。


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