第48話 人を殺すと発言した者を賞賛する者達を理解できない
「母上、なぜ……」
「そこの『ケモノ』が大人しく出て行くというのです。ならば、そのまま見送りましょう」
「……しかし!」
「あなたのその高潔な勇ましさはとても好ましいですが……礼節も知らない、傲慢な『ケモノ』にさえ、許しを与える寛大さも、人の上に立つ者には必要ですよ、カッステアク」
さすがのカッステアクも、母親の言葉には逆らえないのだろう。
数度息を吐いたあと、肩を落とす。
「……かしこまりました」
「……よく我慢しました。立派ですよ」
「兄上……」
涙をこらえているカッマギクが、カッステアクの手を取る。
すると、『剣の間』に割れんばかりの拍手が起きた。
「すばらしい。まだ若いのに、あれほどの自制心を持っているとは」
「カッステアク様とカッマギク様がいれば、アイギンマンは安泰ですな」
「私ならば、すでにあの『ケモノ』の首はないでしょう。なんとお優しい」
次々に、『剣の間』にいる貴族達から、カッステアクたちを賞賛する声があがる。
(何これ、気持ち悪っ)
そんな『剣の間』の様子を、ビジイクレイトは冷めた目で見ていた。
(さんざん殺すって、わめいていた奴らなんだけどなぁ。まぁ、どうでもいいか、こんな奴ら。大きな声で人を殺すって発言する奴も、そんな奴を賞賛する奴も、どうでもいい。それより、今のうちに……)
注目がカッステアク達に集まっている間に、こっそりとビジイクレイトは『剣の間』から脱出した。
「……ビジイクレイト様」
ロウトとブラウも、ビジイクレイトについて来ている。
「……ロウト様も、ブラウ様も、お疲れでしょう。キーフェの元へお戻りください」
ビジイクレイトのその言葉が意味することを理解して、ロウトは怒鳴り、ブラウは悲しそうに眉をよせる。
「ビジイクレイト様! 何を考えているのです!」
「そのようなお言葉、私たちには……」
「ロウト様。落ち着いてください。ブラウ様も、お美しい顔が台無しですよ。それに騒いでは、追いかけてくるかもしれません」
ビジイクレイトの言葉に、ロウトもブラウも、『剣の間』に意識を向けるが、誰もやってくる気配がない。
「……追いかけてくる者がいないのが気持ち悪いですね」
しばらく『剣の間』の様子を伺うが、ビジイクレイトを追ってくる者はいない。
(カッステアク達を賞賛するのに忙しいのか?)
「……一応、朝には出ないとな」
昼の鐘には出て行くと言っていたが、バカ正直に昼まで自室にいるわけにはいかない。
ビジイクレイトがアイギンマンの家から出て行くと決まった時点で、彼らの目的が達成された可能性はあるが、まだ何をされるか分からない。
「ビジイクレイト様……」
ロウトもブラウも、悲しそうに顔を伏せている。
「……本当に、出て行くつもりですか?」
「はい。私は……ここにふさわしい人物ではないので」
「そのようなことっ!」
「人を殺す、と発言した者を賞賛する者達を、私は理解できないのです」
ビジイクレイトの言葉に、ロウトも、ブラウも、言葉を一度だけ、飲んだ。
「……あのような者達は、あのような者達こそ、このアイギンマンの地にはふさわしくないのです」
ブラウが、なんとか絞り出すように言葉を発する。
怒りと痛みが、半分ずつ混ざった声だった。
「キーフェがあの場にいれば、必ず……」
「では、お二人はキーフェの元へ。私はもう、いない者としてお考えください」
ビジイクレイトの強固な意志を感じ、ロウトはぎゅっと目を閉じた。
「……せめて、自室まで送らせてください。こんな場所で、ビジイクレイト様をお1人にするわけにはいきません」
「……わかりました。では、私も部屋までは、よろしくお願いします」
わいわいと楽しそうな喧噪に変わった『剣の間』から三人は離れていく。
ビジイクレイトの部屋にたどり着くまで、ロウトもブラウも、涙は見せなかった。
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