第47話 任を解く
「ロウト、ブラウ、ゲルベ。これより私の従者としての任を解く。これからは、キーフェの元へ戻り、キーフェの為に、アイギンマンの為に尽くしてくれ」
「ビジイクレイト様! なりません!」
悲痛なブラウの声が響くが、ビジイクレイトは答えない。振り向かない。
じっとカッステアクとカッマギクを見据え、ビジイクレイトは言葉を続ける。
「それでは、部屋に戻ってもよろしいでしょうか。少ないとはいえ、荷造りをしなくてはいけませんので……」
そのまま、この場を離れようとしたビジイクレイトは、カッステアクが止める。
「待て! 勝手に動くな!」
ビジイクレイトは足を止める。
「貴様……私の許可もなく発言をして、何を考えている?」
「……私の言葉は、カッステアク様のお望みを叶えていると思いますが」
「兄上の許可なく言葉を発するな!」
カッマギクの怒声が響いた。
何が気に入らないのだろうか。
おそらく、気に入るという話ではないのだろう。
命令を聞いても、聞かなくても、何をしても彼らは怒るのだ。
怒るために、生きている。
「何をしている! 騎士よ! その『ケモノ』を殺せ!」
カッステアクの命令を聞いて、騎士達が剣を抜く。
しかし、その動きは鈍い。
半数ほどの騎士は、悩んでいるのか、剣に手をかけていなかった。
(そりゃあな、俺はおとなしく出て行くって言ったんだ。抵抗するそぶりさえない。そんな人間を攻撃するのは、騎士以前に、貴族としてあり得ない)
カッステアク達が直属の上司ならば話は違うだろう。
実際に、彼らの護衛騎士はすでに『神財』を出していた。
(……剣じゃなくて『神財』か。忠誠心の高いことで。でも、無抵抗の人間に『神財』を使うのはマジでヤバいけど……いいのか?)
『神財』は強力な分、人を害するような使用が発覚すれば、重大な罰が与えられる可能性がある。
『神財』を使用している者同士や、命の危険がある場合なら、ある程度は考慮されるが、『神財』を出してもいない、無抵抗な人間には、騎士といえども使用する事は許可されていない。
そのため、カッステアク達の護衛騎士も『神財』を出してはいるが、使用する気配はなかった。
「さぁ! 殺せ! その『ケモノ』を! 早く殺せ!」
カッステアクのつばが飛ぶ。
しかし、騎士達は中々動かない。
人数合わせに動かされただけの騎士達は、ビジイクレイトが抵抗する意志を見せていないため。
カッステアク達の護衛騎士は、『神財』を出してしまったため、逆に動きが制限されている。
本当に、ビジイクレイトが抵抗するそぶりを見せていないのが予想外だったのだろう。
一度出した『神財』を戻してしまうのも、格好がつかない。
まるで鉛の海にいるように、動きが鈍かった。
(でも、このままじゃいつ襲いかかってくるかわからない。騎士もだけど、その周りもな)
ビジイクレイト達を取り囲んでいる貴族も、動くか悩んでいるそぶりを見せている。
ギリギリの状況だ。
なので、ビジイクレイトは動くことにする。
「……私は抵抗するつもりはない。明日の昼の鐘には屋敷を出ていく。そして、それゆえに、今ここにいる従者は、すでにキーフェにお返ししている」
「勝手にはな」
カッマギクの言葉をかき消すように、ビジイクレイトは続ける。
「仮に、私を殺そうと刃を向けたとして、ここにいる従者を傷つければ、それはキーフェの従者を害したことになる」
ビジイクレイトの言葉に、騎士達も、その周りにいる貴族達も、動揺を見せた。
「もしかしたら、私を殺してもキーフェからお咎めはないかもしれない。しかし、キーフェの従者を害すれば、それはキーフェに刃を向けることに等しい。そなた達は、キーフェに反逆する意志があるのか?」
ブラウが、そっと背中をつけてきた。
背中から、少しだけ悲しみを感じたが、ビジイクレイトは振り返らない。
「……戯れ言を……」
ギリギリの歯の音が聞こえそうなほど、カッステアクは形相を変えているが、ビジイクレイトは平常運転だ。
(手を出すなら出せばいい。ただ、どうなるかはしれないけど)
そして、ほとんどの貴族と騎士は、動かないと決めたようだ。
剣を握っている騎士も、攻撃する意志が完全になくなっている。
その様子を見たカッステアクは、一度唖然としてあと、再び形相を変えた。
一言でいえば、その顔は激怒、なのだろう。
「もういい! 軟弱者どもめ。こうなれば私が直々に手を下してやる」
カッステアクが自分の胸に手を当てる。
(『神財』をつかうつもりか? そういえば、お前達は儀礼用の剣しかつかえなかったな。でも……正気か?)
騎士がビジイクレイトを捕らえるなら、周囲の貴族がビジイクレイトを害するなら、色々言い訳もできたし、最悪切り捨てることもできただろう。
しかし、本人がビジイクレイトを直接殺せば、カッステアクに大きな汚点になる。
仮にキーフェがビジイクレイトの排除を望んでいたとしても、『弟を殺した』という客観的な事実は残るのだ。
アイギンマンの領地内だけなら問題はなくても、国にそれが通じるかはわからない。
そして、そのことを危惧したのはビジイクレイトだけではなかった。
「やめなさい。カッステアク」
ランタークだ。
壇上にいるカッステアクに声をかけて、彼を止める。
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