第42話 文字化け
「……切り替えていこう」
夕食を食べ終わり、ビジイクレイトは再び自室に戻って『キーボードタブレット』を開く。
お披露目会を体調不良で欠席しているのに、普通に夕食を食べたが、問題ないのだろうかと思わなくもない。
(ま、どうでもいいか。それに、俺のことを気にする貴族なんて、いないだろうし)
笑い物にする対象として望まれているかもしれないが、ならば、なおさらどうでもいい。
「しかし、どうするかなぁ……」
ジイクのアカウントにログイン出来なければ、小説の続きを書くことは出来ない。
「何かないかな、小説を書けないのは困る……」
もう、生前の小説の続きでなくてもいい。
(それに、よく考えるとあの小説はジイクのモノだ。もう、ビジイクレイトである俺が、続きを書いていい小説じゃない気もする)
ビジイクレイトには、ジイクの記憶がある。
想いもある。
しかし、ビジイクレイトはジイクではないのだ。
ならば、やはり、ジイクの小説の続きを書くことはやめた方がいいのだろう。
死者の小説だ。
たとえば、死者の小説を死者の友人が書くならば、それはとても素敵な出来事かもしれないが、死んだ本人の記憶の持ち主が書くことは、ただの怨念じみた心霊話だ。
「でも……じゃあ、小説はどうやって書けばいいんだ? アカウントは……」
何かないか、と『キーボードタブレット』の画面を動かしていく。
「……まさか、な」
ふと気になって、ビジイクレイトは『設定』を開いた。
『カクΧ文』で、気になっていた小説の続きが読めることに気が付き、夢中で読んでいたので、『設定』はあまりよく見ていなかったのだ。
「あった、元々アカウントは準備されていたのか」
『設定』の中に、『カクΧ文』のアカウント情報が登録されていた。
仕組みが分からないが、このアカウント情報ならば、『カクΧ文』で小説を投稿出来るようである。
「……まぁ、元々、これで『カクΧ文』にアクセス出来る理由がわからんからな」
『神財』の『神秘』なのだろう。
「しかし、このユーザー名。誰だよ。文字化けしているじゃん」
【ユーザー名:縺翫@繧�°縺励c縺セ縺セ】
ユーザー名が文字化けして読めなくなっていた
変更は出来ないようである。
「……まぁ、異世界の小説投稿サイトに投稿するんだ。いろいろ制約があるのかもな」
『設定』でアカウントを有効にすると、『カクΧ文』に文字化けした名前が表示され、マイページが使えるようになった。
このマイページから小説の投稿ができるようである。
「……ん? 色々使えない、のか」
マイページで使えるはずの、細かな設定部分がくすんでいる。
選んでみると、項目ごとに100PVなど書かれていた。
「……PV数によって、機能が解放されていく感じか、たぶん」
色々な機能が制限されていて、可能なことは、ほとんど小説を投稿するのみである。
気になっていた小説が読めて、さらに自分でも自由に書けると喜び興奮していた感情が落ち着いていく。
少し、まじめに考えないといけないようだ。
「……とにかく、俺がするべきことは、小説を書いて投稿することだろう」
PVが本当に小説のページビューのことなのか、検証するためにも必要なことだ。
残っている機能の一つである新規投稿を押して、小説の投稿画面を開く。
そこまでして、ビジイクレイトの手が止まった。
「……何書こう」
小説を書きたいと思ったとき、その内容は、生前書いていた小説の続きだった。
しかし、過去の自分のアカウントは使えず、また、過去の自分の小説を書くことはできないと結論つけたばかりである。
「じゃあ、何を書く?」
小説の内容を考えるなど、この数年ビジイクレイトはやってこなかった。
考える余裕がなかったこともあったし、そもそも考えるつもりもなかった。
「魔法もあって、剣もあって、こんなファンタジーな世界で生きているんだもんな。中世ヨーロッパってわけじゃないし、『魔聖具』なんて道具があるから、どっちかっていうと大正ファンタジーって感じだけど、ファンタジーっぽい小説の世界で暮らしているみたいで、お話を考えるなんて……」
そこで、ふとビジイクレイトは気が付いた。
「……ん? 暮らしている? もしかして、俺の生活をそのまま書いたら小説になるのか?」
ビジイクレイトは、これまでの人生を思い返してみる。
「母親が殺されて、勇者に助けられて。5歳で父親の元へ来て、貴族として生活するけど、血の繋がらない母親に虐げられて……なるな。ちょっとだけキツい目にあってきたけど」
ビジイクレイトは机の引き出しに入れてある一冊の本を取り出す。
「日記をつけた方がいいって勇者に助言されていたけど……助かったな」
ビジイクレイトは、日々の出来事を日記に記している。
それを元に書いていけば、これまでのビジイクレイトの人生を小説として書き上げることができるだろう。
「ちょっとトレンドから外れているのは気になるけど……」
『カクΧ文』などのWEB小説のトレンドは、ランキングを見たかぎり、ジイクが書いていた時とあまり変わりはなかった。
「転生、ざまぁ、追放……ここら辺は変わらないな。まぁ、物語を作るうえでの基本的な要素みたいなモノだし、廃れることもそうそうない。問題は……俺の人生でこの要素を入れられるか?」
【転生】は問題ない。
すでにしている。
問題は、残り二つだ。
「【追放】は……俺がどうにかできることじゃないしな。『ケモノ』って嫌われているから、それでどうにかなるか? あとは【ざまぁ】だけど……」
ビジイクレイトは考える。
「……相手はいるんだよな。カッステアクとか、ランタークとか。あいつらに【ざまぁ】……うーん、できる気がしない」
ビジイクレイトでは、優秀と評され、体格も大きいカッステアク達に勝てる気がしない。
ランタークの権力や派閥にあらがうことができるとも思えない。
「……なんかないかな?」
ビジイクレイトは『キーボードタブレット』を開き、くすんだ色のアプリに目を通していく。
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