第41話 キーボードタブレット

『キーボードタブレット』


 それが、ビジイクレイトが賜った『神財』の名前だ。


 この名前は、ジイクの世界ではありふれていて、すぐにどのようなモノかイメージ出来るが、この世界では聞き覚えのない名称だろう。


 もっとも、そのような名前はどうでもよかったが。


 ビジイクレイトにとって、大切なのは『神財』の機能であり、能力だ。


 ビジイクレイトは、すぐに、自分が賜った『神財』に夢中になった。


 観察し、読み、さわり、読み、においを嗅いで、読み、あらゆる検証に、時間を忘れるほどに没頭した。


「……ビジイクレイト様。お披露目がございますので、そろそろ準備をしませんと……」


 元々、聞いていた予定をすっかり忘れるほどに。


 当初の予定では、『十二神式』が終わった後は、『神財』の能力の検証のために、『盾の鍛錬所』で一人、『神財』を扱う予定だった。


 しかし、ビジイクレイトが賜った『キーボードタブレット』は、鍛錬所で能力を検証するような『神財』ではなく、自室の机だけで十分検証出来た。


 なので、そこまではロウトも何も言わなかったのだ。


 しかし、これから賜った『神財』のお披露目……という名目の、貴族の集まりがある。


 その場で、賜った『神財』の名前と大まかな能力が国に登録されるのだ。


 どのような『神財』を賜ったかで、これからの貴族としての立場も変わってくる。


 なので、とても大切な集まりなのだが……


「あー……欠席で」


 ビジイクレイトはどうでも良さそうに欠席の意をロウトに伝えた。


「……欠席、ですか?」


 ロウトは、ビジイクレイトの答えに戸惑い、言葉につまらせる。


「あの……なぜ?」


「んー……体調が悪いからな」


 平然と答えると、ビジイクレイトは『キーボードタブレット』を触り続けている。


「あの、ビジイクレイト様。今日のお披露目は重要な集まりです。簡単に欠席出来るような会ではないのですが……」


「んー昼間の騒動で精神的な苦痛を感じて寝込んでいる、とでも報告しておいてくれ。あと、一人にしてくれるか?」


 しっしと追い出すように手を振ると明らかに困惑した様子でロウトはブラウとギルベと連れて、部屋から出ていく。


(……驚かせたかな?)


 ロウトたちを困惑させてしまったことに少しだけビジイクレイトは反省する。


 ビジイクレイトは基本的に、貴族の集まりには必ず参加していた。


 参加していないのは、誘われていない時のみである。


 そのような場合以外、例えどんなイヤミを言われるような会でも、アイギンマンの家に生まれた貴族の勤めとして、笑顔で参加していたのだ。


 それなのに、お披露目会という重要な会を欠席することに、ロウトたちが驚くのも無理はない。


「……まぁ、どうでもいいけど」


 心の底からの声が、ビジイクレイトから漏れた。


 どうでもいいのは何か。


 お披露目会による貴族としての立場の確立。


 ロウト達の自分への心証。


 たぶん、両方ともだ。


 少しだけ、ロウト達の心証は惜しい気もするが、たいしたことではない。


「小説を書くことに比べれば、な」


 ビジイクレイトは、一人だけの部屋で、自分の『神財』、『キーボードタブレット』をじっとみる。


 昼間から触り、検証を続けたおかげで、この『キーボードタブレット』の大まかな能力を確認した。


 その能力は、十分にビジイクレイトの望みを叶えているモノだといえるだろう。


 ビジイクレイトは机の上に『キーボードタブレット』を置き、開く。


 白色のタブレットの部分が淡く光り、いくつかのアイコンが表示された。


 ジイクが死ぬ前に使用していた端末のようである。


 このアイコン一つ一つがアプリケーションなのだろう。


「『設定』『投稿サイト』」


 ジイクが生活していた世界での言葉で書かれているアイコンはかなりの数があるが、現在使えそうなのはこの2つである。


 ほかのアイコンは明らかにくすんだ色をしていて選べない。


「『設定』は、普通の端末にある『設定』とあまり変わりないだろう。問題は、この『投稿サイト』……」


 ビジイクレイトが『投稿サイト』タップすると、目を引くようなフォントで『カクΧ文(カクキブン)』と表示されていた。


(……なんか、懐かしいな)


 涙が出そうになるのをビジイクレイトは何とか押さえる。


『カクΧ文』は、簡単に言えば小説投稿サイトだ。


 ジイクが死ぬ前に利用していたサイトとは違うし、見たことがないサイトではあるが、大まかな作りは、ほかの小説投稿サイトと同じである。


 なお、ジイクが死ぬ前に利用していたサイトは、PV数に応じて、投稿者にインセンティブが支払われたり、NFTを利用しての小説の販売が可能など、投稿者に利益を還元することに力を入れているのが特徴だった。


 還元された利益は、ジイクも一度受け取ったことがある。


(インセンティブで買ったアイス、美味しかったなぁ)


 コンビニで売っている、普段のお小遣いでは手が出せない、少しお高いアイスクリームを買ったのだが、自分の書いた小説で買ったアイスだと思うと、言葉にできないくらい美味しかったことを覚えている。



「っと、感傷に浸っている場合じゃないな」


 頭を振って、気を取り直したジイクは、表示されている『カクΧ文』のサイトに目を通す。


「……違うサイトだけど……投稿されている小説は、同じ奴がいくつかある。それに、ほかのサイトの小説まである」


 ビジイクレイトとは異なる世界に生きていたジイクが利用していたサイトに投稿されていた小説だけでなく、ほかのサイトの小説も、『神財』の『キーボードタブレット』に表示されている。


「日間ランキングはさすがに知らない作品が多いけど、累計のランキングは見たことがあるんだよな」


 これはどういうことだろうか。

 複数のサイトの知っている作品だけならまだしも、知らない作品が表示されている。


「……これが、ジイクの記憶を再現しているだけなら、知らない作品が表示されるわけがない。知っている作品と知らない作品が反映されている『神財』」


 ジイクは、ある小説の名前をサイト内検索で探す。


 タイトルは完全に覚えていたので、すぐに見つけることができた。


「最終更新日は……あの日、か」


 探していたのは、ジイクが生前投稿していた小説の名前。


 見つけたのは、死ぬ前に予約投稿していた日付から、一度も更新されていない小説。


 日間ランキング111位の小説の更新日は、あの日から一年以上経過していた。


「……いろいろズレはあるみたいだけど、たぶんこのサイトは、ちゃんとつながっている」


 ジイクの記憶を再現したモノでも、サイトのガワだけ模倣したモノでもない。


 本物の『小説投稿サイト』。


「『異世界の小説投稿サイト』に、小説を投稿出来る。それが『キーボードタブレット』の能力」


 これまでに検証し、確信を得た結論を口にして、ビジイクレイトは天を仰いだ。


「……最高だ」


 声が震える。


「こんなに完璧な『神財』があるのか? まさか、この世界で、また小説が書けるなんて……こんな幸福があるのか? しかも、書いた小説を投稿できるなんて……まさに『神の財宝』」


 ビジイクレイトは上体を戻し、『キーボードタブレット』に向き直る。


「人払いも出来た。さて、書くか」


 言葉を思い出す。

 という建前で、死ぬ前に読んでいた小説の続きに目を通したため、検証にものすごく時間がかかってしまったが、これからが本番である。


(……続きも思い出した。書くぞ。更新するぞ)


 生前……ジイクであったときに書いていた小説の続き。


【日間ランキング111位】という輝かしい記録の小説。


 それを書くために、ビジイクレイトはジイクのアカウントにログインしようと、何とか思い出したジイクのIDとパスワードを入力した……のだが。


「……この端末ではほかのアカウントにログインできません? え、どういうこと?……続き、書けないの?」


 ジイクのアカウントにログイン出来ないため、書こうと思っていた小説の続きが書けないことが判明したビジイクレイトは、しばらく放心した。

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