第40話 ジイクの望み

(……ああ、そうだ)


 ビジイクレイトは、『魔聖石』を祭壇に落とす。


『望み』を思い出しながら。


(……もっと、小説を書きたかったな。そして……)


『魔聖石』は祭壇に飲まれ、そして目が眩むほどに光を放った。


 カッステアクたちはもちろん、ヴァサマルーテの時にもあのように光らなかった祭壇の様子に、礼拝堂にいる貴族たちは困惑していた。


「な、なんだあの光は?」


「今、儀式をしているのは……あの『ケモノ』?」


「……まさか」


 騒然としながら貴族たちは待った。


 そして、ゆっくりとビジイクレイトが階段を下りてくる。


 その手には、まだ何も持っていない。


 しかし、何を手に入れたのか。

 何を賜ったのか、すぐに分かるはずだ。


 フューラシュインの前に立ったビジイクレイトは、視線が集まっていることを感じる。


『ケモノ』と呼ばれ、さげずまれる目以外で注目を集めるのはいつ以来だろう。


『神財』の出し方は、賜ったときに何となく理解していた。


 賜った『神財』を出したいと思うだけでいいのだ。


 どんな『神財』を賜ったのかも、ビジイクレイトは何となく知っている。


 だから、恐れずにビジイクレイトは、手を掲げた。


 淡い光と共に現れたのは、板だった。


 二枚の板がくっつき、開くようになっていて、側面には細い棒もある。


「な、なんだあれは?」


「本……? いや、それにしては薄いな」


 ビジイクレイトが出した『神財』に、貴族たちの困惑が広がっている。


 その困惑を代表するように、フューラシュインがビジイクレイトに尋ねる。


「ビジイクレイト……それは、いったいどのような『神財』なのですか?」


 フューラシュインの問いに、ビジイクレイトは平然と答えた。


「板ですね」


「……板?」


「はい。板の『神財』です」


 ビジイクレイトの答えに、最も早く、大きく反応したのは、カッステアクだった。


「……板? 板の『神財』だと!? なんだそのゴミは! そんな無様な『神財』など聞いたこともない!」


 カッステアクに合わせるように、カッマギクも声を出した。


「ええ、兄上。例え平民が買える『魔聖具』でももっと有用なモノがあるでしょう。なんて惨めな!」


 二人が声をそろえて笑い出すと、礼拝堂にいたほかの貴族たちも、ビジイクレイトの『神財』をバカにしながら笑い出す。


「板の『神財』とは、確かに聞いたこともない。このような価値のない『神財』など、賜ったモノはいないでしょうからな」


「板を『神財』と呼んでもいいのか?『神』も『財』も合わないだろう」


「あれは、確かにゴミだな。まさかキーフェの子息がゴミを賜るなど……」


 大きくなっていく貴族たちの笑い声を、しかしビジイクレイトは聞いていなかった。


 それどころではなかったからだ。


 ビジイクレイトは、確かに賜った『神財』を板と申告した。


 しかし、板は板でもただの板ではない。


(これは、タブレットだ。キーボードとペン付きの。あっちの世界で、ジイクが使っていたモノとおなじようなモノ……)


 ビジイクレイトは、笑みを隠すのに必死だった。


 この板の『神財』を賜ったときに、その能力も大まかに把握していたからだ。


(この『神財』は、小説を投稿することが出来る能力がある……! ジイクと同じように、小説を書ける!)


 一方、ビジイクレイトを笑い、バカにする声が大きくなりすぎて、何を勘違いしたのか、一部の子供たちが、ビジイクレイトを排除すべきだと動き出した。


 もちろん、その先頭にはカッステアクたちがいたのだが、そんな暴力行為は許されない。


 神殿騎士たちが現れ、ちょっとした騒動が起こってしまった。


 そして、その騒動に紛れ込むように、ビジイクレイトはそのまま礼拝堂を抜け出した。


 一刻も早く、この『神財』を使いたかったからだ。


 もう、ビジイクレイトにとって、貴族などどうでもよくなっていた。

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