第39話 十二神式

『望み』は何だろう。


『十二神式』の当日の朝。

 ロウトからの問いに、ビジイクレイトは答えを出せないまま、儀式の時間が来てしまった。


 この日のために仕立てられた儀礼服に着替えていると、ブラウが険しい顔で一着の外套を持ってきた。


「これを着るように、とのことです」


 また、神殿からなのだろう。


 ビジイクレイトが適用に了承の意を伝えると、ブラウは不満そうに神殿が贈ってきた外套を着せていく。


(……昔はあったよな)


 今のビジイクレイトにとって、着ていく服はどうでもよかった。


 そんなことよりも、ロウトからの『問い』が、その答えを出せないことが、重要だった。


(昔……それこそ、『七真式』が終わるまでは、『勇者の仲間』になりたかった)


 着替えが終わると、ビジイクレイト達は儀式が行われる神殿の礼拝堂に向かう。


(でも、『七真式』で才徳がないことが分かってから、その『望み』は遠くなった)


 礼拝堂に到着すると、ほかの貴族達はすでに並んでいた。


『十聖式』の時と同じように、中央の席にビジイクレイトは座るが、隣には誰もいない。


(『十聖式』で、『聖財』を賜れば、『勇者の仲間』になれるかも、なんて期待したけど……)


 ビジイクレイトは隣の席に目をやる。


 ヴァサマルーテが、カッステアクとカッマギクに囲まれていた。


(もちろん。俺なんかが『聖財』を賜ることは出来なくて、『聖財』を賜ったヴァサマルーテ様は遠ざかった)


 約一年ぶりにみたヴァサマルーテは、とても綺麗になっていた。


『聖財』を賜っていなくても、あの容姿であれば、年頃になると周囲は放っておかないだろう。


(……そういえば、ヴァサマルーテ様と恋仲に。なんてことも、少しは考えていたかもしれないな。そんなこと、あるわけないのに)


 カッステアクとカッマギクに囲まれているヴァサマルーテの笑顔は、本当に綺麗だ。


 あまりに綺麗すぎて、見ることが出来なくて、ビジイクレイトは目をそらす。


 祭壇に向かって姿勢を正していると、フューラシュインが入場してきた。


 フューラシュインが祭壇の前に立ち、朗々と語り出す。


(……アープリア様も。彼女との時間が今も続いていれば、どれだけ楽しかっただろう)


 フューラシュインの話が終わり、ヴァサマルーテが立ち上がる。


 儀式は身分順で行われる。


『十聖式』ではビジイクレイトのあとだったが、『十二神式』はすでに『聖財』を賜り、『聖人』となっているヴァサマルーテからだ。


 祭壇には、階段が出来ていた。


『十聖式』では地下に降りていったが、『十二聖式』では階段を登るのだ。


(……『望み』か。浮かんでくる、どの『望み』も、叶えることはできないな。どんな『神財』を賜ったところで、俺には絶対に出来ないことだ)


 ヴァサマルーテが階段を下りてくる。


 そして、フューラシュインの前にやってくると、皆に見えるように手をかざした。


 すると、黄金の鞘に納められた剣が現れる。


 剣は、ヴァサマルーテの『聖財』だ。


 つまり、『鞘』がヴァサマルーテが賜った『神財』なのだろう。


「なんて神々しい」


「これが『聖剣士』の『聖剣』」


「カッマギク様の未来の伴侶にふさわしい御方だ」


 ヴァサマルーテの『神財』に、皆、感嘆する。


 そんな中、次はカッステアクがフューラシュインの前にやってきた。


「見よ! これが私の『神財』である!!」


 わざわざ大きな声で注目を引きつけると、堂々とした態度でカッステアクは『神財』を出した。


 ギラギラとした金色と、濃い赤色の大きな剣だ。


 ヴァサマルーテの長剣は神々しさを感じたが、カッステアクの大剣は、力強さを感じる。


「なんとも頼もしい剣だ。見ているだけで畏怖を感じてしまう」


「強そうですね。さすがはカッステアク様」


 カッステアクの『神財』に、貴族たちは素直に賞賛を贈る。


 取り巻き以外の貴族も、関心したようだった。


 剣の『神財』はそれだけで評価が高いのだ。


 順番になったのでビジイクレイトが祭壇前の階段に向かっている途中、カッマギクが階段から下りてきて、フューラシュインの前に立った。


「次は私だ。我が『神財』。とくと見よ!」


 カッマギクが手をかざすと、大きな杖が現れた。


 ビカビカと光る金色と深い青色の杖を、カッマギクは見せつけるように掲げている。


 カッステアクと同様、力強いと思える杖だ。


「ふむ。カッマギク様は杖か。強力な魔聖法」を使えそうだな」


「カッステアク様は『剣』。カッマギク様が『杖』とは、お二人は本当に貴族の手本ですな。なんと頼もしい」


 兄弟二人が、実質的に貴族として最も認められる『剣』と『杖』の『神財』を賜ったことに、礼拝堂にいた貴族たちは驚きと賞賛の感情を持っていた。


 ある程度、望んだ『神財』を賜れるとはいえ、あそこまで力強そうな『剣』と『杖』の『神財』を賜るのは珍しいことなのだ。


(あの性格だからな。二人は、しっかり望んだんだろう)


 ビジイクレイトも、カッステアクたちを素直に賞賛しながら、ゆっくりと階段を上がっていく。


 賜る儀式である『十二神式』は、儀式自体はとても簡単だ。


 階段を登って祭壇の上に立ち、祭壇に『魔聖石』を落とすだけである。


 このときの『魔聖石』は、『十聖式』で生成された『魔聖石』が良いとされる。


 もっとも、たとえば『十聖式』で『魔聖石』ではなく『聖財』を賜った場合などは、祈祷で作られた『魔聖石』や『魔境』で採れた『魔聖石』でも良いらしいが。


ビジイクレイトは『十聖式』の時に持っていた『魔聖石』を手に、祭壇の上に立つ。


煌々と燃え続ける炎。粛々と沸き続ける水。微かに流れる土。舞うように吹く風。囂々と轟く雷。淡々と命を育む木。その全てを包み込む金色の杯に、さらに周りを包み込む黒。この世の全てを表した六大元素と二大要素のオブジェクト


 それらを見て、ビジイクレイトはただ思う。


(『望み』……俺の『望み』はなんだ?)


 答えは出ない。


 今のビジイクレイトに、『望み』はない。


 そこまで考えで、ビジイクレイトはふと思った。


(ビジイクレイトじゃなくて……ジイクはどうだ?)


 久しぶりに思い出した、別の世界の高校生の記憶の人格。


 彼には望みは無かっただろうか。

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