第38話 ビジイクレイトの望み

 翌朝。


 ビジイクレイトが参加する『十二神式』が行われる日。


 普段と変わらない時間に起きたビジイクレイトは、濡れている目元をそっと拭った。


 ロウト達を呼び、服を着替え、朝食をとる。


 味のしない朝食は、いつも美味しくない。


 朝食後は今日の予定を確認する。


「本日は昼の火の鐘から『十二神式』です。儀式が終了後、昼の土の鐘には、鍛錬所にて賜った『神財』の能力の確認。夜の火の鐘から賜った『神財』のお披露目会がございます」


「そうか……」


 前もって決まっている内容だ。


 特に感慨もない。


 そんなビジイクレイトに、ロウトは口を開いた。


「ビジイクレイト様は、どのような『神財』を賜りたいですか?」


「……どのような?」


「はい。何か希望はございますか?」


「……希望か」


 なぜか、少しだけ縋るような顔で聞いてきたロウトに、ビジイクレイトは言葉に詰まる。


 なぜロウトがそのような顔をしているのか、思い当たることがないわけではない。


「……どのような『神財』を賜るかで、貴族達の評価が変わってきます。武器ならば認められ、武器以外の『神財』は、虐げられ、神殿に送られる者もおります」


 ビジイクレイトはうなずく。


 ロウトの言うとおり、賜る『神財』によって貴族の扱いは異なってくる。


 武器の『神財』。特に『剣』と『杖』は最も尊ばれる『神財』だ。


 逆に、『本』や『鍋』など、武器以外の『神財』の評価は低い。


 戦う者である以上、戦いに役に立たない『神財』を貴族は喜ばないのだ。


 もっとも、『例外』はあるのだが。


「ビジイクレイト様もご存じでしょうが、『十二神式』で賜る『神財』はある程度、本人の意志が関係しております。望めば、希望の『神財』を賜れるのです」


「そうだな」


「ビジイクレイト様なら、『船』の『神財』さえ賜ることが出来るかもしれません。いったいどのような……」


「『船』?」


 ロウトの唐突な言葉に、ビジイクレイトは思わず息が漏れた。


 少し笑っていたかもしれない。


 それほどまでに、『船』の『神財』はあり得ないのだ。


 例外の『神財』。

 それが『船』の『神財』だ。


『真船』の国と呼ばれるだけあって、シピエイルでは『始祖』が賜った『船』は、『神財』や『聖財』の中でも別格に扱われる……はすだ。


 建国以来、シピエイルでは『船』の『財』を賜った者はいないのだ。


「ロウトのいうとおり、『十二神式』では、ある程度希望した能力の『神財』を賜ることが出来る。でも、ある程度だ。ロウトも、ブラウも、ゲルベも、完全には希望した能力の『神財』ではなかっただろう?」


「……はい。私が本当に希望したのは、完璧にビジイクレイト様をお守りできる『神財』でした」


 しかし、ロウトが実際に賜ったのは攻撃的な『神財』だったし、ブラウは姿を隠すことだけの『神財』だった。


「賜った『神財』で出来ることは、賜る本人が出来ることの延長でしかないと言われている。誰かを完璧に守るなんて、人間に出来ることじゃない。どうやって守るにしろ、絶対に穴はあるからだ」


 一瞬。脳裏に浮かんだ母親の死を、ビジイクレイトは振り払う。


「……ビジイクレイト様?」


「とにかく、今日の『十二神式』で叶う希望は、ある程度、だ。『船』の『神財』なんて不可能に決まっているだろ? 『真船』の国、シピエイルの貴族達が、建国以来、ずっと望んで手に入らなかった『神財』だ。『聖財』よりも賜るのは難しいだろう」


 呆れるように……いや、諦めるようにいったビジイクレイトに、ブラウが聞く。


「では……いや、だからこそ。ビジイクレイト様はどのような『神財』をお望みなのですか?」


「え?」


「ロウトも、私も、ビジイクレイト様の望みが叶わずに、悲しい思いをしてほしくないのです」


「私もですよ!」


 ゲルベが、少しブラウに怒りながら言う。


「ビジイクレイト様。ある程度かもしれませんが……そのある程度、が大切なのです。ビジイクレイト様は、何をお望みなのですか? どのような『神財』を賜りたいのですか?」


「……望み……」


 ロウトの問いに、ビジイクレイトは明確な答えを出すことが出来なかった。

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