第36話 変わらない暴行
「ん? 何とか言ったらどうだ? 『ケモノ』」
カッステアクが、剣の鞘でビジイクレイトの額を小突く。
「闇の……」
「兄上に話しかけるな! 『ケモノ』が!!」
返事をしようとしたビジイクレイトを、カッマギクが蹴り飛ばす。
「この無礼者が!」
カッステアクが、体勢を崩したビジイクレイトを鞘に収まったままの剣で殴打する。
剣を抜かないのは、切りつけない程度の理性があるからなのか、鞘に収まっているのが儀礼用の刃がない剣だからなのか。
(……後者だな、見栄っ張りめ)
カッステアク達はなるべく屋敷内で自分たちが剣を使えないことを隠しておきたいようで、訓練の際も、わざわざ近くの土地を購入して専用の訓練所を作り、取り巻き達を引き連れていくのだ。
おそらく、昼間に見たヴァサマルーテもその訓練所に連れて行かれる途中だったのだろう。
そんなことを考えている間にも、ビジイクレイトは暴行を受けていた。
顔や腹部など、重要な器官は殴られないように守りながら、ビジイクレイトはただ耐える。
「もういいでしょう」
しばらくすると、ランタークが二人を止めた。
「これから、明日の十二神式の前夜祭があるのです。主賓である貴方達が遅れては、せっかく集まってくださった方々に失礼でしょう」
「そうですね。まったく、余計な手間をとらせおって、この『獣』が!」
カッステアクがビジイクレイトを蹴る。
「兄上に迷惑をかけるな!」
カッマギクが、持っていた杖でビジイクレイトを殴った。
倒れているビジイクレイトを見て、満足げに広角を上げているランタークは、二人の息子に優しく話しかける。
「汚らわしい者を見て気分を害したのはわかりますが、落ち着きなさい。今日は『聖女』と『聖剣士』もお呼びしているのですから」
「……アープリアが来ているのですか? 早く向かわなければ」
カッステアクが、興奮したように踵を返す。
「ヴァサマルーテが私に会いに来たのですか、しょうがないですね」
カッマギクの声には、喜びの感情がこもっている。
「ええ、貴方たちの婚約者ですからね。今日も、しっかりとエスコートするのですよ」
わざとらしく、ビジイクレイトの耳に残るようにランタークは言うと、彼らはそのまま立ち去っていった。
「ビジイクレイト様、大丈夫ですか」
ランターク達が立ち去ってから、すぐにロウト達が姿を現す。
怪我をしている部分に回復薬をかけながら、ビジイクレイトの体を起こしてくれた。
「ああ、大丈夫。問題ない。おまえたちは何もなかったか?」
「……はい」
悲痛な声で、ロウトが答える。
(巻き込むわけにはいかないからな)
十聖式の頃から、ランタークたちのビジイクレイトに対する暴力が顕著になってきた。
だから、ランタークやカッステアク達の姿が見えたら、なるべくロウト達には姿を隠すように命じているのだ。
悲しそうに、悔しそうに顔をゆがませているロウト達に、ビジイクレイトは笑いかける。
「……おまえたちが怪我をしてなければそれでいい。もう、私にはおまえたちしかいないからな」
思ったよりも感情のこもった言葉を発して、ビジイクレイトは我ながら驚いてしまう。
(……引きずったか。アープリア様と、ヴァサマルーテ様が、あいつ等の婚約者ってこと)
自室に戻り、就寝するまで、ビジイクレイトは去年のことを思い返してしまった。
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