第34話 王女:アープリア
アープリアは体の線は細いのだが、けっして痩せすぎているわけではなく、そのクリクリとした目や、肌つやから、健やかな生命力を感じ取ることが出来た。
金と赤色の髪は複雑に編み込まれ、しかし下品さはいっさい感じ取れない。
そして、何より。
神殿に保護されている子供では絶対に着ることが出来ない、装飾が施された豪華な衣装を身にまとっていた。
そんなアープリアの隣に立っていた男が、ビジイクレイトに対して苛立ちを覚えたようだ。
「この『ケモノ』が! なんだ、その態度は! 『聖女』であるアープリア王女に対して無礼であろう!」
男は、トコオーマだった。
従者のようにアープリアの側にいたトコオーマは、杖を手にビジイクレイトに近づき、振り上げる。
「『ケモノ』が口を開くなっ!」
「やめなさい、トコオーマ」
杖をビジイクレイトに振り下ろそうとしたトコオーマをアープリアが止める。
「聖女様? しかし……」
「神殿では暴力は禁止です。下がりなさい」
アープリアに言われ、トコオーマは大人しく彼女の後ろに下がる。
(……変わったなぁ)
アープリアの言葉に従うトコオーマに、ビジイクレイトは関係の変化をはっきりと感じ取る。
アープリアが王女である。
ということは、五歳のときから、何となくビジイクレイトは感じていた。
神殿で保護されている貴族にしては、身につけている衣服や、キーフェに贈るモノが高価だったからだ。
それでも、そのことを公にしていなかったこともあって、ビジイクレイトは普通にアープリアと接していた。
しかし、ビジイクレイトの十聖式が終わって、アープリアとの関係は少しずつ変わっていった。
まず、フューラシュインの教育の時間が増えて、アープリアとビジイクレイトが接する時間が減った。
理由は明言されていないが、ビジイクレイトが『聖財』を賜ることが出来なかったのが原因だろう。
おそらくだが、フューラシュインはアープリアが王女であることを知っており、彼女を守っていた。
そして、『ケモノ』と呼ばれるビジイクレイトがアープリアの教育をすることに異を唱えなかったのは、アープリアが強固にビジイクレイトは『聖財』を賜り、聖人になれると信じていたからだろう。
しかし、ビジイクレイトが『聖財』を賜れなかったことで、アープリアの教育をビジイクレイトがする理由がなくなった。
ゆえに、毎日のように会っていたアープリアとの時間は徐々に減っていくことになった。
二日に一度になり、一週間に一度に。
だが、このときはまだ会えていたし、普通に会話をすることが出来ていた。
ビジイクレイトとアープリアの関係が完全に壊れたのは、アープリアが十歳の時。
アープリアは十聖式で『聖財』を賜ったのだ。
『聖財』を賜る『聖人』は国内で一世代に一人現れる程度の確率だとされている。
そんな『聖人』が昨年のヴァサマルーテに続いてまたしてもアイギンマンの聖地で誕生したのだ。
それだけでも国中が湧く騒ぎになったのに、それに付随して、アープリアの正体が話題になった。
王宮で何不自由なく暮らすはずが、神殿に送られて不遇な立場で生活する事になった王女。
そんな彼女が辛い環境にも負けずに『聖人』となった。
しかも、賜った『聖財』は、怪我の治癒に力を発揮するとても慈悲深いモノだった。
立場と状況から、色々な憶測が足されていくことで、彼女は瞬く間に国の人気者となり、ついには王女として立場も取り戻して『聖女』と呼ばれるようになっていった。
今や時の人であるアープリアが、ビジイクレイトから勉強を教わることなんてない。
アイギンマン領にいる時間さえ少なくなり、国中を飛び回る毎日だ。
姿を見ることさえ少なくなり、秋以来の再会であるアープリアに、ビジイクレイトは懐かしさと寂しさを覚える。
「……失礼いたしました。『聖女』様」
もう、ビジイクレイトがアープリアの名前を呼ぶことさえ無礼なのだ。
ビジイクレイトは決して目が合わないように、じっと図書室の床を見つめる。
「……何を……何を、していたのですか?」
「国内の情報をまとめた書籍を閲覧しておりました。浅学なので、少しでも知見を広げたく……」
「そうですか。どのような……」
「『聖女』様!約束の時間が近付いております。そろそろ参りましょう!」
トコオーマの声に、アープリアはそっと息を吐いた。
「キーフェがお待ちですよ」
「……そうですね。行きましょう」
「まったく。もう聖女なのですから、あのような『ケモノ』に声をかけるなどおやめください。聖女様がお優しいことは存じ上げておりますが、カッステアク様も、カッマギク様もそのようなことは望んでおりません。そもそも……」
押し出すようにトコオーマがアープリアを連れて図書室を出ていく。
彼らの気配が完全に消えてから、ロウトがビジイクレイトに声をかけてきた。
「ビジイクレイト様……」
「問題ない。さぁ、読書の続きだ。早く読み終わらないと、昼食の時間になってしまうよ」
何事もなかったかのようにビジイクレイトは立ち上がり、読書を再会する。
ブラウは不満げにアープリア達が出て行った図書室の扉を睨んでいたが、気づかないフリだ。
実際、ビジイクレイトは何とも思っていない。
アープリアが幸せに生きていくなら、それでいい。
……嘘だが。
そう思うしかないのだ。
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