第33話 12歳の朝

 ビジイクレイトの十聖式が終わってから二年の月日が経過した。


 ビジイクレイトは今日で12歳になる。


 そして、明日は十二神式だ。


『誰でも』『神財』を賜ることが出来る、貴族として生まれた者にとって最も大切な儀式の日だ。


 その前日であっても、自分の誕生日であっても、ビジイクレイトの行動は変わらない。


 起床する頃には、ロウト達がやってきて身支度を整えてくれる。


 ロウトはもう十五歳だ。


 もう成人する年になり、顔つきはかなり大人びて、頼りがいのある風貌に変わっている。


 春の成人式では、立派な姿を見せてくれるだろう。


「おはようございます、ビジイクレイト様」


 ブラウがカーテンを開ける。


 彼女は十三歳になった。

 

 青い髪が仕事をしやすいように短く整えられている。


 ゲルベは、おそらく朝食の手配をしているのだろう。


 部屋にはいないが、彼女も十三歳になった。


 黄色い髪を一つにまとめて、いつも何か仕事をしてくれている。


「お誕生日、おめでとうございます。ビジイクレイト様」


 ビジイクレイトの身支度を整えたあと、ロウトとブラウ、そして部屋にやってきたゲルベがそろって誕生日を祝ってくれる。


 今のビジイクレイトにとって、彼らだけがまともに会話できる存在だった。



 味気ない朝食を終え、ビジイクレイトは自室へ戻る。


「本日のご予定は、まずは神殿の図書室へ、昼食の後は鍛錬所でよろしいですか?」


「ああ、問題ない」


「夕食は……キーフェとの会食です」


「そうだな」


 少しだけ、投げやりな態度でビジイクレイトは答えてしまった。


 そんなビジイクレイトにロウトは何かを告げようとして、思いとどまるように口を閉ざす。


 そんなロウトの態度には気が付いたが、ビジイクレイトはそのまま会話を続けた。


「図書室に行くから、アレの準備を頼む」


「……またですか」


 ブラウが、端正な顔立ちを少しゆがませた。


「王女様のご命令だからな、しょうがない」


 そんな会話をしている間に、ゲルベが、いつのまにか話している『アレ』を抱えている。


 それは、神官達が着ている礼服だった。


「じゃあ、行くか」


 ビジイクレイトが立ち上がると、渋々といった様子でブラウが礼服に着替えさせてくれる。


 礼服は外套のようになっているので、上から羽織るだけだが。


「本当に、なんでこのようなモノにビジイクレイト様が袖を通さないといけないのか……今日は黒だから、まだいいが……」


 ぶつぶつと小声でブラウがこぼしているのを、ビジイクレイトは聞こえないフリをしていた。


 ビジイクレイトが五歳の時に、図書室の受付でトコオーマに無理矢理、祈祷をさせられたで、ブラウは神殿を嫌っている。


 そんな神殿の礼服をビジイクレイトが着ることに、彼女は反感を覚えているのだ。


 特に、トコオーマが着ている白い礼服と同じ色の外套を着なくてはいけないときは、ブラウのグチは、ハッキリと大きくなる。


(これくらい、どうでも良いと思うけど……)


 礼服に着替えた後は、図書室へ向かう。


「久しぶりだな」


「最後に訪れたのは秋の始まりでしたね」


 今はもう真冬だ。

 アイギンマンの領地は雪が少ないが、それでも白くなっている地面を見ながら、雪が積もらないような舗装をされている道を歩く。


 神殿に入り、受付を終え、ビジイクレイトは図書室の新しい本が置いてある棚に向かう。


 国中の最新の情報がまとめられた書籍を手に、席に座る。


(……南で行方不明者か温暖で温厚な地域なのにな。物騒なことで。物騒といえば、北は魔境が増えている……いや、増やしているのか。『戦力』が増えるって目算だろうな。西は、相変わらず好調なようで。『世界樹の巫女』ねぇ)


 久しぶりの国内の情報をビジイクレイトは読み込んでいく。

 ビジイクレイトは、今はほとんど図書室を訪れることがない。

 理由はいくつかある。


 まず、今図書室にある本はほとんど読んでしまっており、新刊が入るのを待っているから。

 そして、壊れたからだ。


 あの日、ビジイクレイトの十聖式の日から入ったヒビは、その一年後に起きた徹底的な出来事で、破壊してしまった。


(次は、勇者の……)


 新しい情報の海に飛び込んでいるビジイクレイトの肩を、ロウトが軽く叩く。


 ビジイクレイトは目線を上げて、本を閉じた。


 そして席を立ち、床に膝をつく。


「……おはようございます」


 ビジイクレイトに声がかけられた。


 柔らかな心地のする声に懐かしさを感じながら、ビジイクレイトは返事をする。


「闇が眠り、光による目覚めの時にお会いできたこと、光栄に存じます。アープリア様」


 十一歳になったアープリアは、とても美しい少女に成長していた。

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