第32話 壊れた日

 そして、ビジイクレイトは歩く。

 扉が見えたので開くと、礼拝堂に戻ってきていた。


 すると、おそらくは中位貴族の誰かが扉を開けて入っていく様子が見えた。


 ヴァサマルーテはすでに儀式を始めているようだ。


 ビジイクレイトはゆっくりと祭壇の前に進む。


 そこには、フューラシュインが待っていた。


 ここで、十聖式の結果を言うのだ。


『聖財』を賜ったのか、どうかを。


「……どうだったのですか?」


 ビジイクレイトは一度だけぎゅっと右手に力を入れると、その手をフューラシュインに差し出した。


 手に握られていたのは、虹色の『魔聖石』。


(……失敗した)


 そう、ビジイクレイトは『聖財』を賜ることができなかった。


『光』の中に『聖石』を入れると、『聖石』が磨かれ、見慣れた『魔聖石』に変わったのだ。


 このとき、『聖財』を賜れば、『聖石』が何からの形に変わるのだ。


 たとえば、剣や杖などに。


(……まぁ、誰でも『聖財』を手に入れて『聖人』になれるわけじゃないし、無理だってわかっていたし、気にしない気にしない)


 このとき……いや、もっと前から、ビジイクレイトはわかっているべきだった。


 もっと、気にしているべきだったのだ。


 ビジイクレイト自身は、『聖人』になれないと理解していた。

 しかし、周りは違ったのだ。

 ビジイクレイトをよく知る者達は皆、ビジイクレイトが『聖人』になれると思っているから、期待していたから、親切にしていたのだ、と。


「『魔聖石』でした。まぁ、皆と同じなので……え?」


 ビジイクレイトは、フューラシュインと目が合って戦慄した。


 背筋から冷たい針を刺されたような感覚に、思考が停止する。


 それほどまでに、今のフューラシュインの目は恐ろしかった。


 先ほど、ビジイクレイトに対して見せていた怒りの視線など可愛いものだったのだ。


 今のフューラシュインの目は、一言で表すならば『落胆』。


 おそらく、道に落ちている小石に向ける目の方が、まだ暖かみがあると確信出来るような、冷たい目。


「……あの……」


 ビジイクレイトは言葉を発せなかった。


 フューラシュインも、言葉を発しなかった。


 会話をする価値もないと、判断したのだろう。


 目をそらされ、席へ戻るように促される。


 何か、壊れる予感がしていた。


 そして、その予感は決定的なモノになる。


 ざわめきが、ビジイクレイトの耳に入ってきた。


 皆の視線が、先ほどまでビジイクレイトがいた地下室の方へ集まっている。


「……なっ!?」


 振り返り、その光景にビジイクレイトは絶句した。


 輝きが、そこにはあった。


 真夏の湖が反射する光のような煌めきが、ゆっくりと近づいてくる。


 その光は、ヴァサマルーテだった。


 彼女の整った長い手には、一本の長剣が握られている。


 飾りは多くないが、ただ、その輝きだけで感じ取れる剣そのものが発するエネルギーに、震えがとまらない。


 長剣は、紛れもなく『聖財』だ。

 ヴァサマルーテが、ビジイクレイトを師匠と呼んで、『慕ってくれていた』女の子が、この日、『聖人』となったのだ。



 ……だから、ビジイクレイトは失った。


 仲のよかった女の子二人との関係は、この日を境に急激に変わり、壊れていった。

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