第31話 十聖式:試練

「……ここが十聖式の儀式の間、か」


 人が二人、並んで通れるほどの道が続いている。


 明るさは雨が降っている昼間くらいだろうか。光源は不明だが、壁そのものが光っているようにも思える。


 少し歩くと、黒いモヤが地面からわき出ていた。


(まずは、『闇』に『聖石』をかざす)


 儀式の手順を思い出し、ビジイクレイトは神殿の騎士から渡された『聖石』を確認する。


 白い球体の『聖石』は大人の握り拳ほどの大きさがあり、ビジイクレイトの手からはみ出ていた。


(虹色の油膜みたいな輝きがない真珠って感じだな、こんなに大きな真珠みたことがないけど)


『闇』の中に『聖石』を入れると、『聖石』に黒い点がつきはじめた。


(……確か、願うことが大切って神殿の騎士は言っていたっけ? 黒く染まってくださいって)


 アドバイスどおり、黒く染まるようにお願いすると、黒い点々がつくスピードが速くなった。



(おお、ポツンポツンって感じだったのが、ポツポツポツって早くなった……でも、まだ遅いなぁ)


 まだまだ、『聖石』には白い部分が多い。

 これが完全に真っ黒になるには時間がかかりそうだ。


(それに、なんかまだらだし。これ、綺麗に染まるのか?うーん、何かないかな……あ)


 どうにか出来ないかとビジイクレイトが考えていると、あることを思い出した。

 それは、勇者が滞在していた時に教えてくれたことだ。


(魔聖法のコツを聞いたとき、『命令』することが大切って言っていたな。魔聖法は、自然を動かす力。『お願い』では簡単に動いてくれるけど、消極的にしか動いてくれないし、望み通りの結果を起こせない。けど、強固な力で『命令』することで、望み通りの魔聖法を扱えるようになる……その分、対価が必要らしいけど)


 今ビジイクレイトがしているのは魔聖法ではないが、この儀式は基本的な魔聖法の扱いを試されていると言われている。


 ならば、『命令』を試してもいいだろう。


(黒く……いや、『闇』に染まれ!)


 しかし、聖石に特に変化はない。


 ポツポツと黒い点がまだらに付いているだけだ。


「なんで……ああ、もしかして『対象』が違う?」


 今、ビジイクレイトは聖石に向かって『命令』した。


 しかし、聖石を染めているのは『闇』の方である。


 ならば、『命令』するのは『闇』でなくてはならない。


(よし、『闇』よ。聖石を『闇』に染めろ!)


 強固に、力強く『命令』すると、聖石は瞬く間に黒く染まった。


 染まった聖石は完全な黒で、少しの輝きもない。


「うわぁ……すごい。ちゃんと持っているのに、そこに穴があるみたいだ」


 まじまじと真っ黒な聖石を見ていると、ふいに眩暈がしてビジイクレイトの体が揺れる。


「うおっ!? ……あぶな。これが対価……魔聖力ってやつ?貧血っぽいけど、それよりもなんか、心が疲れたというか……不思議な感じだ」


 魔聖法を使う際に『命令』したとき支払う対価、『魔聖力』は、人体を満たしている精神的なエネルギー……らしい。

 実際、詳しいことはわかっていないのだが、そういったエネルギーを消費して、人は『魔聖法』を使うのだ。


「本当の魔聖法は『名』を使うことで『命令』の影響を少なくして扱いやすくするらしいけど……まぁ、俺には関係ないか」


 倒れそうになる体を、壁によりかかることで何とか支え、ビジイクレイトは呼吸を整える。


「……そろそろいいかな。これをあと七回か」


 十聖式が一番過酷な儀式であるという言葉に間違いはないな、と実感しながら、ビジイクレイトは次の場所へ向かった。


 それから、『火』『水』『土』『風』『雷』『木』それぞれの属性に聖石を染めていった。


『火』や『水』、『風』や『雷』は台座の上に置かれた杯から沸いていたので、その中に聖石をつけるだけでよかったのだが、『土』と『木』は物体なので、手を突っ込むと怪我をするのではないかと少し不安だった。


 しかし、いざ手を入れると妙な柔らかさがあり、危惧したような危険性はなかったので無事に全ての属性に『聖石』を染めることが出来た。


「……綺麗に染まったな」


 ビジイクレイトは壁に寄りかかり、息を整えながら『木』の属性に染まった『聖石』をみた。


 深い緑色で、艶々とした光沢がある。


 ちなみに、それぞれの色は、『火』は赤、『水』は青、『土』は茶色、『風』は薄い紫、『雷』は黄色だった。


 イメージとおりの色だし、ビジイクレイトが図書室で予習したとおりである。


(……いこう。次で最後)


 深い緑色の『聖石』を抱えるように持ちながら、片手は壁に手を当て進んでいくと、光の柱が立っているのをビジイクレイトは見つけた。


(全ての属性に染めた『聖石』を、『光』で磨く。『光』によって『聖石』が『聖財』へと変われば、『聖人』になれる)


 ビジイクレイトの喉がなる。


 彼自身、『聖人』になれるなど思っていない。


 この十聖式でも、誰でも出来る儀式に疲労して、歩くのに壁に手を当てなくてはいけない始末だ。


 でも、ここまで綺麗に染まった『聖石』がある。


 これならば、『聖財』に変わるのではないか。


 神々から、『聖財』を賜れることが出来るのではないか。


 諦めようとしても、どうしても期待が、意識の底から沸いてくるのだ。


(……そうだ。諦めたら何も始まらない。ここは、このときだけは、信じてみよう。自分を。自分が『聖人』になれる人物だと。そして、『勇者の仲間』になれるって)


 ビジイクレイトは息を整えると、ぎゅっと両手で『聖石』をもち、光の柱に入れる。


(どうか、『聖財』に変わってください!)


『願い』ながら、ビジイクレイトは『聖石』を入れてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る