第30話 十聖式:開始

 礼拝堂が静かになり、耳鳴りの音だけが聞こえてくる。


(さすがに、儀式が始まれば静かにしているのか)


 騒がしい言動が目立つカッステアク達も、儀式の最初は大人しいようだ。


 礼拝堂の扉が開き、フューラシュインが入場してくる。


 周りを神殿の騎士が囲み、歩いてくるその姿はまさしく荘厳という言葉がふさわしい。


 海をかき分ける鯨のようにゆっくりと祭壇に到着したフューラシュインと、ビジイクレイトは目があった。


(……あれ? 怒っていらっしゃる?)


 彼女は笑顔であったが、なんとなく、ビジイクレイトに怒っている気配がある。


 正確には、ヴァサマルーテと密着している部分に対してだ。


(いや、座席を指定したのはフューラシュイン様ですよね? お怒りになる理由がマジわからん)


 とりあえず笑顔をフューラシュインに返しておく。


 ビジイクレイトの笑顔を見たフューラシュインは、呆れたように一度視線を外すと、意識を切り替える。


 礼拝堂に集まっている貴族の子供達へ話しかける神殿長としての仕事を全うするために。


「十の年を越え、聖地へと再び戻りし子よ。七の年に得た才徳から学び、得たのは真なる成長か。七は授け、十は試し、十二は施しなり。戦う意志があるならば、己が才徳を神へ示し、勝ち取れ。認められる力量がなければ、聖なる財は石となる」


 フューラシュインの周りにいた神殿の騎士が床に手をつくと、祭壇の手前の床が開き、地下へ向かう階段が現れた。


(十聖式は聖地の地下を巡り、神に試される。三つの儀式の中でもっとも過酷なモノ。といっても、十歳の子供が一人で行っても怪我はしない安全なモノだけど……)


「……行ってくる」


 カッステアクが立ち上がり、祭壇へ向かう。


(ここは身分順なのか……もしかしたら、これも交渉材料の一つだったのかな?)


 カッステアクの腰には昨日とは違う剣が下がっていたが……あれは儀式用か訓練用の刃が潰れた剣なのだろう。


(体裁を繕うために色々譲歩させたのかな。まぁ、どうでもいいけど)


 カッステアクは神殿の騎士から何かを説明され、そのまま下へと降りていった。


 さすがに喧嘩を売るようなことはしないようだ。


 カッステアクが降りていくと、厳粛だった空気が少しだけゆるんだ。


 大きな声は出さないが、周囲でヒソヒソとした声が聞こえてくる。


 ヴァサマルーテも、もう話していいと思ったようだ。


「十は試し……どんな魔獣と戦うのでしょうか」


 目をキラキラと輝かせているヴァサマルーテが、ビジイクレイトを見つめている。


 さきほど挨拶をしたときよりも三割はキラキラしているのは気のせいではないだろう。


(……このバトルジャンキーめ)


 しかし、ヴァサマルーテが期待しているような出来事は起こらない。


「残念ですが……あの地下に魔獣はいませんよ? 聖地ですし、魔獣がいるわけないですよ?」


「ええ!? では、何を試されるのですか?」


(逆に何を試されるんだ、魔獣で)


 心の中でツッコミを押さえながら、ビジイクレイトはなるべく上品に首を傾げる。


「試すのは……そうですね。強いて言うと魔聖力の扱いでしょうか」


「魔聖力?」


(……習っていないの? いや、魔聖法の扱いは十聖式を終えてから学ぶのか)


 カッマギクも未だに訓練所では球がついた杖で魔聖法の疑似的な訓練をしているのだ。


 ヴァサマルーテが知らなくても無理はないのかもしれない。


「魔聖法を扱う力のことですよ」


「ああ、なるほど。しかし、私はまだ魔聖法を扱うことが出来ないのですが……お師匠様は出来るのですか?」


 期待に満ちた目でヴァサマルーテが見上げてくる。


 目のキラキラがさらに三割増えた気もするが、しかしヴァサマルーテの期待しているようなことはもちろんない。


「いいえ、私も扱えません。私が才徳がないのはご存知でしょう?」


 イヤミなのか?と少し非難を声に込めてしまったのだが、ヴァサマルーテには通じなかったようできょとんとした顔をしている。


「……そうなのですか?」


「ええ。簡単なモノなら別ですが、私が、例えば魔獣相手に使うような魔聖法を扱えるようになるのは……途方もない努力が必要になるでしょうね」


(というか、たぶん無理だけど)


 才徳で扱える魔聖法が決まるのは常識だ。


 一応、才徳がない魔聖法でも、何の苦も無くを扱う者もいるが、それは天才と呼ばれる部類の者である。


 残念だが、ビジイクレイトはそんな人物ではない。

 それを、この五年でイヤというほど経験している。


「しかし……お師匠様でもまだ魔聖法が使えないのなら……儀式なんて出来るのですか?」


 ヴァサマルーテの持ち上げようが少し気になるが、そのまま流してビジイクレイトは彼女の疑問に答える。


「十聖式で試されるのは魔聖法を扱うために必要になる基礎技術と基礎体力……剣でいうなら素振りや走り込みがどれだけ出来るのか、という内容ですからね。参加するだけなら誰でも出来るのですよ。ただ、才能があると認められるのがとても難しいだけで」


「……お詳しいのですね」


「調べましたから」


(少しでも……諦めたくなかったから)


 聖人になることを、『勇者の仲間』になることを……自分の才徳がわかり、可能性がないと知っても……それでも、ビジイクレイトは縋ったのだ。


 しかし、調べれば調べるほど、現実とはとても厳しいものだと教えてくれるだけだった。


「まぁ、心配しなくても地下室に入る前に手順は教えられますし、難しいことはしないので安心してください。ヴァサマルーテ様なら大丈夫ですよ」


「お師匠様は教えてくれないのですか?」


「私は知識として調べたことを知っているだけですので、ちゃんとした方から習ったほうがよいでしょう」


 カッマギクが神殿の騎士から説明を受けている。


 そして、彼が降りてしばらくすると、カッステアクが地下から戻ってきた。


「……なぜだ! なぜ私が『聖人』ではないのだ!? こんな儀式は無効だ! 認めないぞ!!」


 カッステアクが声を荒げている。


(どうやら、『聖財』を賜ることが出来なかったみたいだな。よかった。正直、カッステアク達が『聖人』になったら最悪だ)


 別にそこまで恨んでいることはないし、危害を加えたいわけではないが、カッステアクたちが『聖人』になると、ビジイクレイトが生きにくくなるのは確実だ。


 カッステアクはすぐさま神殿の騎士に連れられて、座っていた席に戻される。


 その様子を見ていると、ロウトが耳打ちをしてきた。


「そろそろお時間です」


 ビジイクレイトの儀式の時間だ。


「では、いってまいります」


「はい。お師匠様が『聖人』となるのを楽しみにしておりますね」


 ヴァサマルーテがまっすぐな気持ちで言っているのが伝わり、ビジイクレイトは少しだけ胸が痛んだ。


(アープリア様と同じようなことを言うなぁ)


 祭壇に近づくと、フューラシュインと目が合う。

 先ほどの睨んでいるような目ではなく、まるで親が子供に向けるような優しい目だ。


「貴方の努力は、きっと神々も認めてくださいますよ」


 周囲には聞こえないような小さな声でフューラシュインは言う。


 なので、ビジイクレイトも小さな声で返事をした。


「……ありがとうございます」


(フューラシュイン様も、皆、本当に期待してくれているんだよなぁ。その気持ちはうれしいけど……無理だよ。才徳がないんじゃ)


 図書室のあらゆる資料を見たが、七真式で才徳を授けられなかった者が、十聖式で『聖財』を賜った事例はなかった。


 儀式は誰でも出来る内容だが、『聖財』を賜ることは誰にも出来ることではないのだ。


 神殿の騎士から儀式の手順を聞き、それが事前に調べていた内容と異なっていないことにビジイクレイトは安心する。


「では、これが『聖石』だ。左の扉から進むがいい。そなたに神々の恩寵と、勝利を」


 神殿の騎士に促されて、左の扉へ向かおうとすると、逆側の扉が勢いよく開かれた。


「なぜ私が『聖人』ではないのだ!? こんな儀式は無効だ! 認めないぞ!!」


 出てきたのはカッマギクだ。


 カッステアクと同じようなことを言っている。


(さすが双子。思考回路がそっくりだ)


 そんなことを思いながら、ビジイクレイトは左の扉を開けて中に入る。


 扉が閉まっていくと、カッマギクが騒いでいる声が、徐々に小さくなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る