第29話 十聖式:入場

「……はぁ」


 十聖式の当日、ビジイクレイトは大きなため息を吐きながら神殿へと向かっていた。


「しっかりしてください。ビジイクレイト様。今日は大切な儀式の日ですよ」


 ロウトがビジイクレイトを叱責するが、ビジイクレイトはどうしてもため息を止めることが出来なかった。


「わかっているけど……昨日のフューラシュイン様の目、見ただろ。アープリア様もだけど、私が『聖人』になれると本気で思っていそうだった」


 どうしてそのようなことを思えるのか、ビジイクレイトには本当に不思議だった。


(俺は『ケモノ』と呼ばれる出来損ないだぞ? カッステアクやカッマギクはおろか、下位の貴族の子息たちにも、模擬戦で負けている。勉強も出来ない。魔聖法の才徳がないと七真式で判明している。無理だろ、『聖人』になるなんて)


 そんなビジイクレイトの心の声が聞こえたのか、ロウトは平然と答える。


「私も、ビジイクレイト様は『聖財』を賜るに値する人物だと思っておりますよ」


「……ロウト?」


「本日の儀式はフューラシュイン様が執り行ってくださるのです。何も心配はいりません。堂々と儀式を受けてください」


 礼拝堂に到着し、ビジイクレイトたちは中へはいる。


 今回は、もちろんすでに儀式が始まっているなんてことは起きていなかった。


 下位貴族が入り口側に並び、次に中位貴族、そして祭壇の一番近い席に上位貴族の子供たちが並んでいる。


(……ん?)


 一人だけ、気になる少女がいたので、ビジイクレイトは思わず目を留めた。


 入り口側の、下位の貴族たちが集まっている場所。

 そこに、桃色と金色の髪の少女が座っている。


 背筋がピンと伸び、姿勢から感じるその高貴さが、下位の貴族しかいない集まりの中で、より際だっていた。


「ビジイクレイト様。こちらです」


「ん……? ああ……」


(なんだろ……下位の貴族でも品の良い家庭はある。今まであんな子を見たことはないけど……今回から参加かな?)


 下位の貴族の大半は元々平民のため、参加する儀式や集まりにバラつきがある。


 そのため、常にいるとは限らないのだ。


(十聖式から参加はあまり話に聞かないけど……普通、七真式には参加するよな? まぁ、あのときは結構混乱していたから、覚えていないだけかもな)


 そんなことを思いながら礼拝堂を進んでいくと、ビジイクレイトは、思わず静止してしまった。


 祭壇の一番前の中央の席に、一カ所だけ、空白の席があった。

 そこは、もっとも位が高い者が座る場所。


(ええ、あそこかよ)


 おそらくは、カッステアクとカッマギクが座る予定だった席だろう。

 しかし、彼らは通路を挟んで右側に座っていた。


 通路を挟んでいるのはフューラシュインの手配だろう。


 カッステアクとカッマギクが、憤怒の表情でビジイクレイトを睨んでいる。


 今にも飛びかかってきそうだ。


 実際、普通の儀式では入室を拒まれる護衛騎士たちが、彼らの周りを取り囲み、押さえている。


(気を使うなら、アイツ等を中央にしておいてください。フューラシュイン様)


 ロウトたちが入室出来たように、今回の十聖式から急遽、護衛騎士の帯同が許可された。


 前回の七真式の騒動と、今回のカッステアクが起こした事件がきっかけだ。


 本当に急な決定のため、護衛騎士と共に礼拝堂に参加しているのは普段から護衛騎士や側近を連れている上位貴族のみで、中位の貴族や下位の貴族は一人だけか、親戚を連れて儀式に参加している。


 ビジイクレイトの隣にいる上位貴族も、護衛騎士を一人連れていた。


「おはようございます。お師匠様」


 隣に座っていたのは、ヴァサマルーテだった。


 ちなみに護衛騎士はアインハードであるが、現在、カッステアク達にも負けない位の形相でビジイクレイトを見ている。


 原因は、ヴァサマルーテがビジイクレイトの腕に抱きついているからだ。


「あの……これから儀式が始まるので」


「はい。一緒に頑張りましょう」


 よく澄んだ声でヴァサマルーテが答える。


 若葉のような目がキラキラとしていて、とても美少女だ。


(なんでこうなるの? そりゃアイギンマンの家の次に地位が高いのはノールィンだけど、気まずいなんて話じゃない)


 距離が近いというより、密着しているビジイクレイトとヴァサマルーテに皆の視線が集まっている。


「……『ケモノ』とあのような……」


「ええ、兄上……なんて汚らわしいのでしょう」


 カッステアクとカッマギクの声が聞こえてくる。


(厳粛な場なので静かにしてほしい……原因は俺ですね。わかります。ごめんなさい)


 そんなことを思っている間に鐘の音が聞こえた。


 昼の火の鐘。


 始まりの鐘だ。



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