第28話 神殿長の権力
「……今日の件ですが」
お茶を飲んで一息ついたころに、おそらくは一番話さなくてはいけないことをビジイクレイトが話題にする。
「出来るのですか? その、十聖式を受けさせないというのは、かなり大きなことだと思うのですが」
確率が低いとは、なることが出来ればそれだけで歴史に名を残せる『聖人』を生み出すのが十聖式なのだ。
その儀式を受けさせないということは、貴族としての可能性をかなり潰してしまうことになる。
「……ビジイクレイト様の言うとおり、あの愚か者たちが明日の儀式に参加しないということはないでしょう」
「……アイギンマンの家の者だからですか」
アープリアの声が少し荒い。
「どちらかといえばランタークの息子だから、という方が強いでしょうか。別の国の文化を引き合いに出して、かなり強く抗議してくるでしょう」
本当にあの国にある文化を言ってくるのかわかりませんが、とフューラシュインは付け加える。
(フューラシュイン様もランターク様には色々思うところがあるんだろうな。アイギンマンの第一夫人と第二夫人。確執がないわけがない)
しかし、フューラシュインが直接ランタークに何かするわけにはいけない。
フューラシュインはすでに神殿の神殿長になっており、アイギンマンの家の第一夫人としての権力は放棄している状況なのだ。
ちなみに、フューラシュインが神殿に入った経緯は公になっていない。
ビジイクレイトも詳しくは知らないのだ。
(もしかしたら、アープリア様なら知っているかもしれないけど)
知っていても、教えてはくれないだろうが。
「では、今回の件はランターク様に対する牽制……いえ、楔でしょうか」
「どういうことですか?」
アープリアが首を傾げるなか、フューラシュインは微笑んでいる。
(しまった、色々先走りしすぎたか。こういうところがダメなんだよな)
アープリアにわかりやすく説明するにはどうすればいいのか思案している間に、フューラシュインが答えてくれる。
「息子たちに十聖式を受けさせるために色々言ってくるランタークに条件をつける、ということですよ」
「条件、ですか」
「ええ。武器を振り回すなど、十歳の子供とはいえやりすぎですからね。しかも二日続けて。明確な殺意を口にしていましたし、反省の色もない。ある程度の条件は飲んでもらわなくては」
フューラシュインが悪い笑顔をしている。
色々、条件を考えているのだろう。
「……たとえば、どのような条件ですか?」
アープリアの問いに、フューラシュインが笑顔を深めて答える。
「そうですね……神殿内での剣の帯刀を禁止する、などでしょうか」
「それは……罰としてはあまりに軽いのではないでしょうか」
フューラシュインの話を聞いて、アープリアは不満顔だ。
しかし、ビジイクレイトは、そうは思わない。
「アープリア様。さきほど、フューラシュイン様は罰の期限を明言されておりませんでした。つまり、カッステアク様たちは金輪際、神殿内で剣を帯刀することが出来ないと言うことです。貴族は戦う者。神殿を……聖地を守る者なのです。ましてやアイギンマンは上位貴族の中でも武を尊ぶ勇士の家系。その後継者が神殿内で剣を帯刀できないというのは、かなり重たい罰ですよ」
アープリアはビジイクレイトの説明を聞いて、目を瞬かせていた。
理解できない、ではなく、説明を聞いて驚いている。
(これだけの説明で、理解できるんだから、やっぱりアープリア様は優秀だな)
ただ、優秀ということは狙われやすいということだ。
そんな優秀なアープリアを守るために、ビジイクレイトはある提案をする。
「フューラシュイン様。その条件なのですが……神殿内ではなく、アイギンマンの屋敷内まで広げることは出来ませんか?」
「それは交渉のやり方によるでしょうが……厳しいかもしれません。しかし、なぜですか?」
「神殿内だと、アープリア様が少し外に出ただけで問題が発生するかもしれません。今ここにいるこの森も、神殿内というわけではありませんから」
「なるほど……」
同意はするが、フューラシュインの顔は少し難しい顔をしている。
神殿内の中だけならまだしも、アイギンマンの敷地内まで含めると、生活のほとんどで剣を触ることが出来なくなる。
それでは、戦う者である貴族として重大な汚点となるだろう。
そのようなこと、ランタークが認めるとは思えない。
(交渉の材料を提案してみるか)
「……カッステアク様たちはヴァサマルーテ様にも剣を向けました。ならば、神殿だけでなく、アイギンマンの屋敷でも本物の剣の帯刀は許されないはずです」
「……それで?」
(やっぱりまだ足りないよね)
ビジイクレイトは交渉に使えそうな内容をさらに追加する。
「たとえば、禁止するのは『他者を傷つける可能性の高い凶器』などにして、訓練用の剣や刃を潰した儀礼用の剣などの帯刀を許すのはどうでしょうか。そうすれば体裁だけでも繕うことが出来るでしょう」
「……なるほど」
フューラシュインがビジイクレイトの提案を聞いて黙っている。
感触は悪くなさそうだ。
「……ビジイクレイト様の提案を元にこちらも検討してみよう。ランタークの力を削ぐいい機会だからな。なるべく大きな傷を与えたい」
フューラシュインの笑顔が本当に悪い顔をしている。
第一夫人と第二夫人の確執は、かなり大きいようだ。
「そういえば……どうやってそういった条件を守らせるのですか? たとえば、儀礼用の剣の帯刀を許すにしても、いつも剣の刃が本物かどうかなんて見るわけにもいかないと思うのですが……」
アープリアの疑問に答えのは、ビジイクレイトだ。
「そういえば、まだ教えていませんでしたね。神殿を守る神殿長には、聖地の力が及ぶ範囲内にて、強力な『誓約』を課すことが出来るのです」
「『誓約』ですか?」
「ええ。魔聖法とも異なる『理』の力というか、聖地内での署名が必要など、いくつか条件があるのですが、一度『誓約』が課せられると、自力で破る術はないと言われております」
なので、神殿長は、その聖地においては領主や王よりも立場が上の場合があるのだ。
「……そのようなことが出来るフューラシュイン様に逆らったのですか、カッステアク様……いえ、あの愚か者は」
(わざわざ言い換えて愚か者と言った妹ポジションの子が怖いですよ。お兄ちゃんは)
ビジイクレイトが微笑みながらアープリアを見ていると、フューラシュインが少し難しい顔をしていた。
「……どうされましたか?」
「いえ……明日が楽しみですね」
「……はぁ」
フューラシュインが笑みを深めるとお茶を飲み終わる。
ビジイクレイトも、アープリアもすでに食事を終えている。
「では、お開きとしましょうか。ああ、そうそう。最後に、明日の儀式は私が担当します」
「え?」
「期待していますよ。ビジイクレイト様」
立ち去るフューラシュインの姿に、ビジイクレイトはどうしてもプレッシャーを感じずにはいられなかった。
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