第27話 フューラシュインと昼食会

 ビジイクレイトたちは、いつもアープリアの客間を借りるか、天気の良い日はピクニック気分で神殿の外にある森で散策の後、昼食をしていた。


「いつも話を聞いて、うらやましく思っていたのですよ」


 そして、今日は森に用意したテーブルにフューラシュインも座っている。


(アープリア様からいろいろ聞いたのか)


 機嫌が良さそうなフューラシュインは、先ほどまでカッステアクの頭部を痛めつけていた様子は微塵も感じさせない。


 年齢よりも幼く見えるくらいだ。


「食事は準備したので、遠慮なく食べてくださいね」


 いつもビジイクレイトとアープリアが食べている食事の数倍は豪勢な食事がテーブルに運ばれてくる。


 ビジイクレイトもアープリアも貧しいわけではないのだが、このような豪勢な食事は記念日などでしか出てきた覚えがない。


 食事の挨拶を終え、ビジイクレイトはサラダから手をつける。


 野菜はどれも瑞々しく、歯ごたえがいい。


「……それで、お話とは?」


 ある程度食事が進んだところで、ビジイクレイトが話題を出す。


 といっても、話したい内容があると食事に誘ったのはフューラシュインなので、聞き出す形だが。


「そうですね。まずは伝えておかないといけないことを話しておきましょうか」


 フューラシュインは少し間をおいて、話を切り出す。


「頼まれていた最新の『勇者』についての本や情報が届きましたよ。十聖式のあとに図書室に並べるのでお待ちくださいな」


「ありがとうございます!」

 

 ビジイクレイトが目を輝かせてお礼をいう一方、気が抜けたようにアープリアが脱力する。


「……そのようなお話なんですか?」


「アープリア様。そのようなとはなんですか? こんなに重要なお話は他にないではないですか!」


「お兄様、落ち着いてください」


(落ち着く? 半年ぶりの勇者の情報だぞ! 無理に決まっているではないか!)


 シピエイルには、新聞など、最新の情報を紙面にして誰でも手に入る形で販売する機関が公には存在しない。


 もしかしたら、どこかの領地や地方には存在しているのかもしれないが、ビジイクレイトの知る範囲ではなかった。


 理由として考えられるのは、紙として使われているのが羊皮紙……というか、魔物の皮であるということだろう。


 ビジイクレイトがいた世界のように、植物から紙を作り、均一に生成する技術がまだないのだ。


 一方で、映像を共有する技術は存在したりする。


 つまり、テレビ……というか、動画を共有するサイトのようなモノはあるのだ。


 使用するのにかなりのエネルギーが必要なので、ビジイクレイトはあまり見たことがないが。


 どちらにしても、動画で勇者のことだけを取り扱うサイトもないので、詳細な情報を得たいときは、結局は本になる。


 それも、魔物の皮で作られた高級な本だ。


 もちろん、ビジイクレイトがポンポンと買えるような代物ではない。


 なので、ビジイクレイトは定期的にフューラシュインに頼み込んで、神殿の図書室に勇者の情報をまとめた本を置いてもらうようにしているのだ。


 もっとも、対価としていろいろとフューラシュインのお手伝いはしているのだが。


「本当に、ビジイクレイトお兄様は『勇者』がお好きなんですね」


「ええ、私の命の恩人ですし……もう一度会ってお礼を言いたいのですよ」


『勇者の仲間』になるという本当の夢を……ビジイクレイトは言葉に出せなかった。


 才徳もない。剣の技術もない。人望もなければ、知恵もない。


 こんな劣っている人物が、『勇者の仲間』になるなど、夢として語ることさえ不敬だろう。


(明日、十聖式で『聖財』を賜ることができなかったら……)


 諦めよう。心の中でさえ思うことが出来ない辛い決断を、ビジイクレイトはしている。


 少しだけ、ビジイクレイトの感情が表情に出てしまっていたのだろう。


 アープリアがうつむいてしまっている。


(……しまったな。えっとどうしようか……)


 ビジイクレイトは完全に話題を変えようとしたのだが、その前にフューラシュインが会話を広げる。


「お礼とは、なにかあったのですか? ビジイクレイト様は、助けられたときに『勇者』と交流があったと記憶しておりますが」


「……色々ですよ。『勇者』のことを知ることで、国内の情報も自然と集まってきますし、それに旅立つ前に教えてもらったことは、私の糧となっておりますから」


「教えてもらったこととは、剣術ですか?」


 ビジイクレイトは少し悩んで、首を横に振る。


「それだけではありません。魔聖法の知識も教えてもらいましたし、剣術以外の体術も教わりました。それに、一番は『日記』ですね」


「日記?」


 ビジイクレイトはこくりと頷く。


「はい。これからは日記をつけるようにしたほうがいいと助言をいただきました。日々の出来事を記すことで、自分の状況を把握し、整理できて、成長につながると」


「それは……役に立っているのですか?」


「ええ。まぁ、私自身は成長しても才徳もないのであまり変わりはありませんが、毎日日記をつけるようにしていることで、お助けできる部分があるので」


「助け……?」


 ビジイクレイトは、お折り畳まれた紙をすっとフューラシュインに差し出す。


「こちらを。アープリア様の進歩状況です」


 さきほど、フューラシュインのお手伝いをしていると書いたが、そのお手伝いの一つが、アープリアに勉強を教えることである。


「……なるほど」


 フューラシュインは、ビジイクレイトから差し出された紙を受け取る。


 アープリアの進歩状況……つまり、成績がフューラシュインの手に渡ると、アープリアが少しだけ体を動かした。

 

 今のアープリアの実質的な保護者の立場にいるフューラシュインに、自分の成績が伝えられるのはやはり恥ずかしいのだろう。


 落ち着きなく、もじもじとしている。


「……ふむ。順調なようですね。すでに魔聖法の基礎は終えていますか。しかし、相変わらず貴方の記した内容はわかりやすいですね。よく要点を捉えている。これが、日記の成果というわけですか」


「お褒めいただき光栄です」


 フューラシュインが懐に紙をしまう頃には、昼食はデザートを残すのみとなった。


 季節の果実が並べられ、暖かいお茶が注がれる。

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