第26話 神殿長:フューラシュイン
「さて……国内外から様々な英知を集めた図書室に守りとなる者もいないので入ってみれば……ずいぶんと無様な有様ですね」
フューラシュインは、ざっと周囲を見て、一度ビジイクレイトに目を留める。
(な、なんでしょうか……あ、ああ。この手ですか。はい、放します)
まだ、カッステアクの手を抑えていたことに気がついたビジイクレイトは、さっと手を放した。
ビジイクレイトが手を放したことに気がついていないのか、それとも掴まれていたことを忘れているのか、カッステアクは何事もなかったかのようにフューラシュインを睨みつけている。
「なんだ、貴様は……ずいぶんと偉そうだが私が誰か分かっているのか!」
どうやら、カッステアクは自分より偉そうな立場の人物には攻撃的に接する癖があるようだ。
(大丈夫か? そんな生き方で。偉いっていっても所詮貴族の中でもそこそこの地位なんだけど)
当然であるが、カッステアク……というか、アイギンマン家よりも権力が上の立場の者など国内に沢山いる。
王はもちろんだが、王に仕えている貴族は、たとえ中位貴族でも上位貴族のアイギンマンよりも立場が上の場合があるのだ。
そして、目の前にいるフューラシュインも、そんな上の立場な人物の一人である。
「ええ、存じておりますよ。ランタークの愚かな息子たちでしょう?」
フューラシュインに何を言われたのか、一瞬理解が出来なかったのだろう。
カッステアクは呆けたような顔をした後、すぐに表情を変えた。
(うわ、顔が真っ赤で血管が浮き出ている。マンガみたいだな。マジでなるんだ)
そっとビジイクレイトは距離をとってアープリア達の前に立つ。
「今、母上を侮辱したな?」
「いいえ。貴方たちを愚か者と言いました。言葉も分からないのですか? その程度の知能とは……まぁ、ランタークも愚か者で間違いは無いですが」
もう、ビジイクレイト達には目が向いていないのだろう。
カッステアクは剣を構えて、フューラシュインに向けて駆けだしていた。
「死ねぇええええ!!」
「カッステアク様! お待ちください!」
一応、身分のことが分かっているのだろう。
ジメイーキとトコオーマがカッステアクを止めようとするが、もう遅い。
カッステアクの剣は、フューラシュインを斬り殺そうと、もう間近まで迫っている。
もっとも、そこまでだったが。
「『連環の赤船』」
フューラシュインが持っている杖から炎で出来た船が現れ、壁となりカッステアクを阻む。
炎の船の群は、図書室を覆ってしまった。
(魔聖法……スゴいな。何がスゴいって、本が燃えていない)
炎の船にビジイクレイトは触れてみるが、熱くない。
しかも物体としての強度も感じる。
カッステアクの剣はギリギリと金属音を鳴らしながら、炎の船を切り裂くことが出来ていなかった。
「な、なんだこれは……! 面妖な!」
「……まぁ、珍しい魔聖法ではありますね」
突然出てきた炎の船に混乱しているカッステアクではなく、なぜかフューラシュインはビジイクレイトの方を見ていた。
そんなフューラシュインに、とりあえずビジイクレイトは微笑んでおく。
(って、よく考えたら俺じゃなくてアープリア様か)
位置的にビジイクレイトの後ろにアープリアがいる。
(アープリア様は、フューラシュイン様のお気に入りだからな。俺との勉強が終わった後は、いつもフューラシュイン様の所でいろいろ学んでいるらしいし。微笑んでいるだけでよかった。下手なリアクションしていたら恥ずかしい感じになっていた)
ビジイクレイトはアープリアがフューラシュインの活躍を見ることが出来るように少しだけ位置をずれる。
「さて、とりあえず縛り上げておきますか」
少し、機嫌が良さそうになったフューラシュインは、弾んだ声でそう言うと、杖を掲げた。
「うわっ!?」
「兄上!? な、私も!?」
すると、炎の船から鎖が伸び、カッステアクやカッマギク、ついでに彼らの護衛騎士やトコオーマを縛り上げていく。
「く、くそ! 放せ!」
炎の鎖に縛り上げられて、芋虫のように転がされたカッステアクがじたばたと暴れている。
「このようなことが許されると思っているのか? 私は……ぐっ!?」
「許されますね。私はこの神殿の長なのですから」
杖の先で、フューラシュインはカッステアクの頭を押さえる。
(……痛そう)
こめかみに堅いモノを当てられるとメチャクチャ痛い。
実際、カッステアクは涙目になっていた。
「うぐうう!や、やめろ! 許さないぞ! 絶対に! あああああ! やめろ!」
「兄上! 兄上!」
「神殿長! お止めください!」
トコオーマが声を張り上げている。
(……やけに真剣だな)
今まで見せたことがないトコオーマの態度に、少しビジイクレイトは不思議に思った。
「私に逆らうつもりですか? ただの司祭である貴方が……」
「カッステアク様はまだ子供でございます。それを、このような聖法で縛り上げるなど……」
「子供でも刃物を振り回せば罰を与えるのは当然でしょう? ましてや、ここは神殿です。神殿で私に逆らうとは、どこまで愚かなのでしょう」
グリッと強くフューラシュインが杖を押す。
「ぐぅうううう!?」
「申し訳ございません! 私からもカッステアク様には申し上げておきますから、どうか、これ以上は……」
トコオーマの言葉に呼応するように、ジメイーキたち護衛騎士たちも、フューラシュインに懇願する。
その様子に、フューラシュインは呆れたように軽く首を動かした。
「指摘される前に出来ていることですよ。このようなことは」
フューラシュインは杖をカッステアクから放す。
「……はぁ、はぁ……」
そうとう痛かったのだろう。
荒く息を吐きながら、カッステアクはフューラシュインを睨んでいた。
「こ、このようなこと……絶対に許さないからな、父上と母上に頼んで、お前なんか殺してやる」
「カッステアク様!」
トコオーマが咎めるような声を出しているが、カッステアクには聞こえていないようだ。
そして、カッステアクの言葉は、はっきりとフューラシュインに届いている。
「ふむ……反省の様子はないようですね」
「これから、これからしっかりと教えておきますので!」
「お前たち! 何をしている! 早くこの鎖を解かぬか! この女を殺せないだろう!」
(うーむ。ここまで変わらないと、いっそ感嘆だな。護衛騎士たちでフォロー出来るのか?)
あれだけ痛めつけられて、身動きもできない状況なのに、まだ、叫ぶ元気があるのは正直スゴいことだ。
さすがに呆れを通り越して疲れたのか、フューラシュインは頭を振っている。
「はぁ……もういいです。この無様なモノを追い出しなさい」
フューラシュインがベルを鳴らすと、彼女の護衛と思われる者達が、カッステアク達を引きずっていく。
「な、なんだ!? どこへ連れて行く!?」
「ああ、最後に一言、言っておきます」
カッステアクの質問には答えずに、フューラシュインは言う。
「明日の十聖式。カッステアクとカッマギクの二人は参加できないと思いなさい」
「なっ!?」
カッステアク達の護衛騎士達が驚きの声を上げる。
「そのようなこと、出来るわけがなかろう!」
「出来ますよ。私は神殿長ですから。さぁ、連れて行きなさい」
フューラシュインの護衛騎士達がカッステアク達を引きずり出していく。
「覚えていろ! 必ず母上に言って、お前を殺すからな!」
「神殿長! それだけはお考え直しを! 神殿長!」
ぎゃいぎゃいと大きな声を出していたが、図書室の扉が閉じると、彼らの声は聞こえなくなった。
「……ふぅ。噂には聞いていましたが、想定以上の愚か者たちでしたね」
「神殿長……」
ビジイクレイトはそっと横に移動して、アープリアに場所を譲る。
「アープリア様。お怪我はございませんでしたか?あのような心ない言葉を聞かされ、辛い思いをしたでしょう」
腰を落としてアープリアと視線を合わせたフューラシュインは、実の娘にするようにそっと頬に手を当てた。
「私は大丈夫です……ビジイクレイトお兄様がそばにいてくださったのですから」
フューラシュインとうれしそうに手を重ねたアープリアは、目を細めながら言う。
「そうですか。ビジイクレイト様も、お怪我はないですね」
「怪我はございません。フューラシュイン様が来てくださって助かりました」
アープリアに怪我をさせるつもりはなかったが、フューラシュインが来なかったら、ビジイクレイトは危なかったかもしれない。
おそらく、アープリアをビジイクレイトがかばったら、彼らの暴力は全てビジイクレイトに向かっていただろうから。
「まったく。今日は久しぶりに時間がとれたので、明日の十聖式の前に顔を合わせようと思っていたのに、台無しです」
少し、フューラシュインの声にトゲがある。
感情を隠せないほど、先ほどの出来事は業腹だったようだ。
「それは……私たちも、フューラシュイン様とお話する時間があればうれしいのですが」
フューラシュインは忙しい。神殿長の仕事はそれほど暇ではないのだ。
残念だ、という気持ちをビジイクレイトとアープリアが出していると、同意するようにフューラシュインもうなずいてる。
「そうですよね。というわけで、これから一緒に食事をしますよ」
「……え?」
そして、フューラシュインと三人で、昼食を共に食べることになった。
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