第24話 アープリアと神殿の図書室へ
次の日。
図書館へ行くために神殿へ向かうと、入り口の前にアープリアがいた。
普段は人目もあるため図書室の中で合流するのだが、どうやら昨日の出来事を聞いて心配になってしまったのだろう。
「お怪我などはないようですね。安心しました」
挨拶もなく、ビジイクレイトに抱きついてきて、ペタペタと体の至る所をさわって確かめている。
「アープリア様。その、もう七真式も終えた女性が、このようなことを異性にしてはいけませんよ?」
「ビジイクレイトお兄様はお兄様なので大丈夫なのです」
よく分からない理屈を言いながら、アープリアはそのままぎゅっとビジイクレイトの腕を掴んだ。
「明日は十聖式なのですよ。ビジイクレイトお兄様が『聖財』を賜り、聖人となる日です。お怪我などされては、台無しではないですか」
「私ごときが『聖人』になれるわけがないと思うのですが……」
ビジイクレイトは、正直に今の自分の気持ちを吐露した。
三年前は、まだ自分は特別な人間であると……異世界の高校生の記憶があるので、思えていたが、そんな幻想はすでに消えてしまっている。
同い年のヴァサマルーテと剣術は良くても互角だし、普段の訓練では、カッステアクやカッマギクはおろか、下位の貴族の子供たちに痛めつけられているのだ。
また、勉学でもビジイクレイトの学力があまりに低いため、カッステアクやカッマギクには派遣されている教師から授業を受ける事が出来てない。
ちなみに、レインハルは先月カッステアクとカッマギクの教師を辞めて中央に戻っている。
なんでも、すでに二人には教えることがないほどに優秀だから、というのは理由だそうだ。
正直、レインハルに教えてほしいことがあったので、二人の教師をしないならビジイクレイトの教師になってほしかったのだが、それは叶わなかった。
そんなこれまでの諸々の出来事があって、ビジイクレイトは明日の十聖式にあまり期待はしていなかった。
でも、アープリアは違うようだ。
「何をおっしゃるのですか? お兄様ほど優秀な方はおりません。図書室で毎日私に様々なことを教えてくださるのはお兄様ではないですか。それに……」
「アープリア様は私の一つ下ですからね。それくらいは私ごときでも出来ますよ」
「でも……」
「そろそろ図書室に着きますよ。受付をして入りましょう」
神殿の図書室にはトコオーマがいて、イヤな顔でビジイクレイト達を見ていた。
いつも通り、粛々と受付をすませて図書室へ入室し、お決まりの場所になっている端の方の席へ着く。
「私は、ビジイクレイトお兄様が聖人になると確信しておりますからね」
アープリアがじっとビジイクレイトの顔を睨むように見つめてくる。
そんな険しい顔をしているアープリアの眉をほぐすように伸ばしながら、ビジイクレイトは微笑んだ。
(こんな可愛いアープリアの顔に変なしわが入っては大変だ)
「……ありがとうございます。アープリア様にそこまで慕っていただけて、それだけで私はうれしいですよ」
プイっとアープリアは目を背けた。
そんな戯れをしている間に、ロウトとアープリアの侍女がそれぞれの勉強用の本を持ってきてくれる。
「では、まずは数字のお勉強を始めましょうか。代入法の続きから……」
「朝から数字ですか」
「苦手ではないでしょう?」
クスクスと笑いながら、本を開いて、今日の勉強を始めるのだった。
「今日はここまでですね」
「うぅぅ……疲れました」
ぐったりとアープリアが机に伏している。
「そのような姿勢は淑女としてあまりよろしくないですよ」
頑張ったアープリアを撫でながら、そっと体を起こしてあげる。
すると、アープリアは恨めしそうにビジイクレイトを睨みつけてくる。
「やっぱり、お兄様は聖人になれますよ」
「またその話ですか」
「だって、今日だけで私に数字と歴史と聖魔法学を教えてくださったじゃないですか」
頑なな態度のアープリアに、ビジイクレイトはそっと息を吐く。
「それは、この図書館に素晴らしい沢山の資料があるからです。これだけの資料があれば、アープリア様のお勉強に助力するくらい、誰でも出来ます」
「……むー」
まだ言い足りなさそうなアープリアにビジイクレイトは手を出す。
しぶしぶといった様子でエスコートを受けたアープリアにビジイクレイトは言う。
「まぁ、私も聖人になることを諦めているわけではないですよ。なれたらいいな、と思っています」
すると、アープリアは、ぱぁっと表情を明るく変えた。
「なれますよ! きっと! ビジイクレイトお兄様は聖人になれます! そして、私と……」
気が高ぶったのだろう。
図書館ではふさわしくない大きな声を出したアープリアにビジイクレイトは注意しようとしたが、それよりも大きな声が図書館に響いた。
「ここが神殿の図書室か。本ばかりでつまらぬところだな!」
「そうですね、お兄様。陰湿で根暗で、このような場所にいるだけで気分が悪くなります……おや? あそこにいるのは『ケモノ』では?」
カッステアクとカッマギクが、従者を連れて図書室へやってきていた。
案内役としてトコオーマもいる。
ビジイクレイトやアープリアには見せたこともないような笑顔を浮かべていた。
ぞろぞろと騒がしい。
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