第23話 カッマギクとヴァサマルーテ

「んなっ!?」


(刃傷沙汰!? こんなことで!??)


 とっさにビジイクレイトがヴァサマルーテの前に出る。


 同時に、ヴァサマルーテの護衛騎士の一人がカッマギクが持っていた短刀を払いのけた。


 その衝撃で、カッマギクも地面に倒れる。


「な、何をする!?」


 カッマギクは上体を起こしながら、驚いたような顔で短刀を払いのけた護衛騎士を睨みつける。


「……何をする、だと? どうやら我らノールィンのことをよく知らないようだ」


 さらに一歩、倒れたカッマギクに向けて進み出た護衛騎士は、筋骨隆々でいかにも強そうだ。


(……というか、実際強いんだけど)


 アイギンマン領地の北。

 シピエイルの東北を守っているノールィンは、騎士の土地である。


 他の領地と比べて小さいながらも、貴族達が魔境で狩る魔獣の数は、国内でもトップクラスだ。


 なぜなら、領地にいる貴族たちの質の高さ……戦闘能力の高さが段違いだからだ。


(他の領地と比べても貴族の数は五分の一かそれ以下なのに、狩る魔獣の数が多いということは、それだけ強いということだ。南の領地は魔聖具で戦力を補っているって話だけど、ノールィンは完全に個々の戦闘能力だからな。一言で言えば脳筋領地。それがノールィンだ)


 うんうんと一人でビジイクレイトが頷いていると、前に出ていた騎士となぜか目があった。


 脳筋と思っていたことが、バレたのかもしれない。

 ビジイクレイトは、とても良い笑顔で誤魔化すことにした。


(あの人は、確か、ヴァサマルーテ様の叔父さんだっけ。名前は、アインハード様……いや、変なことは考えてないですよ。ノールィンはスゴい土地です! カッコいい!)


「……まあ、いいか」


 ビジイクレイトの心の声が聞こえたのか、ヴァサマルーテの護衛騎士、アインハードは視線をカッステアクとカッマギクに戻す。


「それで……アイギンマンは我らノールィンと戦を起こすつもりであるという解釈でよいか?」


「どういうことだ?」


 払いのけられた手がまだ痛むのか、涙目になっているカッマギクの代わりに、カッステアクが答える。


「まさか……我らノールィンの姫に刃を向けて、何事も起きないと考えているのか?」


 アインハードの言葉に、カッステアクが眉を寄せる。


「何をいうか、この無礼……」


「我らアイギンマンは、ノールィンと戦を起こすつもりなどございません。先ほどのは子供同士の……そう、じゃれ合いでございます」


 カッステアクの言葉を遮って、カッステアクの取り巻きの騎士の一人、ジメイーキが慌てながら前に出てくる。

 ジメイーキはこの三年の間で、カッステアクの護衛騎士になっていた。


「……じゃれ合い、だと? 刃を向けてか?」


「いや、それは……その、ノールィンの姫の強さは、我らも十分存じておりますので……」


「ジメイーキ、何をへりくだっておる! こやつは我が愛する弟を叩いたのだぞ!? 即刻捕らえ……」


「カッステアク様。そろそろお屋敷へ戻りましょう。闇の神が贈り物を受け取ったようです」


 空を見ると、綺麗な夕焼けが広がりはじめていた。


 カッステアクの護衛騎士達が、倒れているカッマギクを起こし、カッステアクをなだめながら徐々に後ろへ下がっていく。


「……このことは、キーフェ・ノールィンへ報告する」


「子供同士のことですので……」


 ジメイーキの目が泳いでいる。


 自分たちの監督下で領地間の戦争になるような問題が発生したのだ。


 彼の権限を越えているだろうし、彼の能力も超えている。


 意識が飛びそうになるほどに顔を白くし、汗をかいているジメイーキからアインハードは視線を外し、ヴァサマルーテの元へ戻る。


 そのとき、アインハードのビジイクレイトは目があった。


「……よくやった」


「……はぁ」


(……何が?)


 そんな事を思っていると、カッステアク達がまだ騒ぎを起こしていた。


「離せ! あいつら……切り捨ててやる! 父上に連絡しろ! ノールィンを滅ぼすのだ!」


「カッステアク様! 落ち着いてください!」


 普段はカッステアク達を持ち上げ、彼の我が儘を聞いている護衛騎士たちもさすがにマズいと思っているのだろう。


 暴れるカッステアクを引きずるように屋敷へ戻っていく。


 ちなみに、取り巻きである下位の貴族の子供たちはすでに訓練所から退出している。


 上位貴族であるノールィンとの争いに巻き込まれてはいけないと考える程度の知恵はあるようだ。


 カッステアクは暴れているが、カッマギクは力なく護衛騎士に支えられている。


 しかし、尊大さは消えていないようだ。


「こ、このままですむと思うなよ! ノールィンの背丈だけは大きい田舎者め。腕力だけが強さだと思うなよ? 十聖式を終えて『聖財』を賜り、聖法を使えるようになれば、おまえたちごとき、簡単に灰に出来るのだからな!」


 ビシと、カッマギクはヴァサマルーテを指さしていう。


(自分を叩いたアインハード様じゃなくて、ヴァサマルーテ様に言う、か。ビビったな)


 そんなカッマギクの意図に気づいているのか分からないが、ヴァサマルーテは手を顎に当てて何か考えている。


「うーん……」


「どうしましたか?」


「何か忘れている気がするのです……あっ!」


 そういって、何かを思い出したヴァサマルーテは、そのまま何かを放り投げた。


 カッマギクに向かって。


「……は?」


 投げられたのは、杖だった。


 カッマギクの杖を持ったままであったことを、ヴァサマルーテは思い出したので返してあげたのだ。


 まるで、剛弓から放たれた矢のように、自分のすぐ側の地面に刺さった杖を見て、カッマギクは表情を強ばらせる。


「お返しします」


 にこりと綺麗な笑顔で微笑むヴァサマルーテと対象に、カッマギクの顔からは血の気が引いていた。


「こ……この化け物め!まるで魔獣だ。お前なんて、同類同士、そこの奴と仲良くしていればいいんだ! くそ!」


(おー、あれだけのモノを見せられても、まだあんな大口を叩けるのか。大物だねえ)


 ギャイギャイとほとんど泣き叫んでいるカッステアクとカッマギク達が訓練所から出て行くまで、ビジイクレイトとヴァサマルーテ達は見守る。


 そして、完全に彼らがいなくなってから、ようやく訓練所に平穏が訪れた。


「……申し訳ございません。今回の件は私からも領主へ報告させていただきます。非はこちらにあるとお伝えしますが……」


「いや、ビジイクレイト様はそこまで気にしなくてもいいでしょう。心配しなくても、本気で戦を起こすつもりはないですから」


 アインハードは、呆れたように息を吐く。


「ヴァサマルーテ様も、大丈夫でしたか? あのような心ない言葉を聞かせてしまって」


 怪我はしていないだろうが、カッステアク達の罵倒を聞かせてしまったのだ。


 肉体は強くても、心が強いとは限らない。


 特に、ヴァサマルーテは上位貴族の子供だ。


 他者からの罵詈雑言に慣れているとは思えない。


 だから、ビジイクレイトは心配してヴァサマルーテに声をかけたのだが。


「どうかされましたか?」


 ヴァサマルーテはきょとんとした顔をしている。


「いや、その……」


「それよりも、認められましたね」


「……へ」


 ニコニコと、急にヴァサマルーテは機嫌良く笑顔を浮かべはじめた。


「あの、認められたとは……」


「お師匠様と、仲良しだということです。あの……えっと、杖を持っていた方、いいこと言いますね」


 ぎゅっと、ヴァサマルーテがビジイクレイトの腕をとり抱きついてくる。


「あ、あの……」


「これからも末永く仲良くしてくださいね。お師匠様」


(あら、良い笑顔。じゃない)


「お師匠様はお止めくださいと言ったではないですか、ヴァサマルーテ様!」


「うふふ」


 ビジイクレイトがさりげなく腕を放そうとしても、ヴァサマルーテはひっついて離れない。


 たぶん何かしらの技をつかっている。


「……やはり、アイギンマンは我らノールィンと戦を起こすつもりですか?」


なぜかアインハードの様子が怖い。


「なんでそのような話になるのですか!? あああ!ちょっと、離れてください!」


 そんなやりとりをしながら訓練所を出る頃には、空には黒い太陽が昇っていた。

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