第22話 10歳の合同訓練
七真式が終わってから3年が過ぎた。
季節は秋。
明後日は十聖式である。
「お師匠様! いきますよ!」
「だからお師匠様はやめてください、ヴァサマルーテ様!」
十歳になり、背が伸びてより手足が長く、美しく成長したヴァサマルーテの猛攻を、ビジイクレイトは半泣きになりながら受けている。
七真式の後、貴族の子息たちの合同訓練でなぜか懐いてきたヴァサマルーテは、合同訓練がある度にビジイクレイトを誘い出して、こうやって模擬戦をやりたがるのだ。
会う度に強くなるヴァサマルーテにビジイクレイトは正直なところ辟易しているのだが、相手は上位貴族の娘なので、無下に扱うことはできない。
出来る限り、精一杯の力でもって、何とかヴァサマルーテを満足させるのだ。
「……はー、楽しかった」
笑顔を浮かべて、ヴァサマルーテが訓練所の地面に大の字で倒れる。
貴族としてあまり品のある行動ではないが、ビジイクレイトとヴァサマルーテが模擬戦をしていたのは、他の貴族の子息が集まっている場所からは見えにくい林の中だ。
ヴァサマルーテの護衛の騎士が数名いるが、彼らは彼女のこのような姿に慣れているのだろう。
なので、あまり問題はない……と、思いたい。
「楽しかったですか……よかったです」
ビジイクレイトも疲労困憊で、地面に倒れたいのだが、そこはアイギンマンの子息として、なんとか我慢している。
ぷるぷると震えそうな足を抑えて、木剣を杖代わりにしているが、何とか立っているのだ。
「はい。やはり、お師匠様との戦いが一番です」
「お師匠様はおやめくださいと言っているでしょう、ヴァサマルーテ様」
「はーい」
ニコニコと笑顔を浮かべているヴァサマルーテにビジイクレイトは手を出した。
その手を取って、軽々とヴァサマルーテは立ち上がる。
なんなら、立ち上がる時に少しジャンプしていた。
もう回復したのだろう。
タフだ。
一時間以上模擬戦をしていたはずなのに、恐ろしい子供である。
「とにかく、他の子たちと合流したらお師匠様はおやめください」
「私たちだけの秘密ですね」
「……はい」
周りにはヴァサマルーテの護衛の騎士もいるので、私たちだけの秘密というのもおかしいのだが。
(護衛の騎士さん達もひきつった顔しているよ。まぁ、俺を師匠と呼ぶなんて、良い気分じゃないだろうしな……俺は、『ケモノ』だから)
林を抜けて、訓練所の広場に戻ると、他の子供たちも模擬戦を終えていた。
今日の訓練はこれで終わりである。
すでに解散を告げられていたのだろう。
ちらほらと訓練所から退出していく子供たちがいる。
「こそこそとどこに隠れていたのだ? 『ケモノ』」
退出していく子供たちの様子を見ていたら、声をかけられた。
ビジイクレイトの年子の兄であるカッステアクだ。
後ろには、カッマギクもいる。
三年経って背はさらに伸び、その成長に合わせるように尊大さには磨きがかかっている。
今も、大人の騎士と同年代の下位貴族の子供たちを引き連れて、偉そうに胸を張っているのだ。
(めんどくさい)
心の中ではっきりと思ってはいるが、態度に出すわけにはいかないので、ビジイクレイトは大人しく両の手のひらを見せてから頭を下げる。
「隅の方で訓練をしておりました」
「そのようなことを兄上は聞いていないのだ! この『ケモノ』が!」
(じゃあ何を聞きたいんだよ!)
カッマギクがふんっと鼻息を鳴らしながら、持っている杖でビジイクレイトを小突く。
「『ケモノ』め。せっかく我らが貴族の光を教えてやろうというのに、なんだその態度は!」
(だからどんな態度だよ! しっかりと笑顔で頭下げていただろうが!)
おそらく、どんな態度でも彼らは機嫌を悪くするのだろう。
ビジイクレイトが、『ケモノ』だから。
ドスドスと、カッマギクが小突いてくる杖がそろそろ痛い。
ビジイクレイトが適当な理由をつけてその場を去ろうとしたときだ。
カッマギクの杖を、ヴァサマルーテが掴んで止める。
「……何をするのですか? ヴァサマルーテ様?」
「止めました。それで、おし……ビジイクレイト様に何をしていたのか、教えていただきますか?」
ヴァサマルーテが、カッマギクとカッステアク達を睨みつける。
(……怖っ)
その一睨みだけでカッステアク達の取り巻きである下位貴族の子供たちは三歩後ろに下がったし、騎士やカッステアク達も一歩下がっている。
ビジイクレイトも、五歩後ろに下がった。
その間に、何とかヴァサマルーテから感じた恐怖から脱したのか、カッステアクが彼女の問いに答える。
「何とは、教育だ。出来の悪い者に、我ら上に立つ者が教えなくてはいけないことが沢山あるだろう?」
カッステアク達は、ビジイクレイトのことを『弟』と呼ばない。
ビジイクレイトが『兄』と呼ぶことも、彼らは拒否している。
腹違いではあるが、兄弟であることを認めていないのだ。
話を戻して、ヴァサマルーテは、カッステアク達がビジイクレイトのことを教育するという言葉に、首を傾げる。
「ビジイクレイト様に教育? ビジイクレイト様から学ぶのではなくて?」
「き……貴様! 無礼であろう! 我らがそんな『ケモノ』から何を学ぶというのだ!」
カッマギクが、唾をとばす勢いで、ヴァサマルーテを怒鳴りつける。
しかし、ヴァサマルーテは涼しい顔のままだ。
「未だに私に杖を掴まれたまま、離すことも出来ない者に教えることなどあると思えないのですが」
「ぬ? ぬぐぐぐぐ!!」
ヴァサマルーテに指摘され、まだ自分の杖が掴まれたままということに気がついたカッマギクは、杖を引き抜こうと力を込める。
しかし、全体重をかけたところで、杖はおろか、ヴァサマルーテの体はピクリとも動かない。
「……この程度ですか」
がっかり、といった様子でヴァサマルーテは息を吐く。
その態度は、カッマギクの逆鱗に簡単に触れた。
いや、逆鱗が簡単なのかもしれない。
「このっ! ノールィンの田舎者め! 不遜であろう! 小領地の分際で……!」
カッマギクは杖から片手を離すと、腰にかけていた短刀を抜き出した。
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