第21話 ヴァサマルーテの望み
「……これから教育があるんですよね? 集団戦の」
その言葉で、ビジイクレイトを含め、その場にいる全員が理解した。
ヴァサマルーテは、ビジイクレイトへ対する集団暴行を本当に訓練の一環だと思っているのだ。
「昨日、私と戦ったあとに、ビジイクレイト様が20名以上の下位貴族の子供達を戦ったと聞いて、本当に驚きました。そして、思ったんですよ……面白そうだって」
ヴァサマルーテが笑みを浮かべる……いや、笑みを見せつける。
可憐な少女の綺麗な笑みは、通常ならば見る者の心を癒すのかもしれないが……ヴァサマルーテの笑みを見て、その場にいた者達が感じたのは、恐怖だった。
ヒリヒリとするような、警戒の本能が、全身の感覚を異常なまでに引き上げる。
「ふふふ……集団戦の訓練は何度か受けましたけど、この人数ははじめてです。うふふふ……」
(ヤバイ、この子)
目が殺し屋のソレである。
隣に並んでいるビジイクレイトでさえ、ヴァサマルーテがまき散らしている殺気に意識を持って行かれそうだ。
(てか、殺気って本当にあるんだな。ファースト殺気が同じ年の子供って)
貴族は戦う一族らしいが、ヴァサマルーテはそれを体現しているのだろう。
カッステアクも、カッマギクも、下位貴族の子供達も、唇を青くして震えるだけである。
「こ、こ、こぅの……」
「あ、あに……」
カッステアクの手から、木剣が落ちた。
そのタイミングで、様子を見ていたジメイーキがヴァサマルーテとカッステアク達の間に割り込んでくる。
「……どうやら、カッステアク様達は体調を崩しておられるようだ。ヴァサマルーテ様、訓練中でございますが、カッステアク様達の治療のため、御前を失礼いたします」
上位貴族の娘であるヴァサマルーテに丁寧に説明をして、ジメイーキがカッステアク達を連れて行く。
もちろん、ビジイクレイトの事など見てもいない。
他の下位貴族の子供達も、倒れそうになりながら、訓練所から退出していく。
「今日の訓練は中止だ。各自、自由にするように」
残った騎士の一人が他の子供達に訓練の中止を伝える。
唐突な展開に困惑していると、ビジイクレイトのすぐ横でため息が聞こえた。
「あら? どうしたのでしょう? せっかく血がたぎるような戦いが出来ると思ったのですが」
「……そうですか」
自分がなにをしたのか、自覚がないようである。
ヴァサマルーテは、不思議そうに辺りを見渡し、誰もいなくなったことを確認すると、じっとビジイクレイトを見つめてきた。
「……ビジイクレイト様。このあとお話をしてもよろしいでしょうか?」
「私は大丈夫ですが」
「では、こちらに……」
ヴァサマルーテがビジイクレイトの手をとる。
そして、そのまま歩き出した。
手をふりほどくのも無礼だと思い、ビジイクレイトは大人しくヴァサマルーテの後について行く。
(うーん、なんだろ? さっきの殺気を考えると……あ、いや、ギャグじゃないからね。とにかく、あれだけ殺気をまき散らしていたんだから……まさか、昨日のお礼参りとか? 校舎の裏でボコボコにされるやつ)
昨日、ビジイクレイトはヴァサマルーテに少々手荒いことをしてしまった。
怪我は回復薬でちゃんと治ったのか、健康そのものの様子だが、報復があるかもしれない。
(ううう……昨日はたまたま勝てただけなのに……)
戦々恐々しながらついて行くと、訓練所の隅にある木々が陰になっている場所に到着した。
「ここなら、人目もあまりないので。といっても、下位貴族も帰ったようなのであまり人はいないのですが」
ヴァサマルーテはにこりと笑う。
さきほどの殺気をまき散らしていた笑顔とは違う、癒させるような子供らしい笑みだ。
その笑みに、ビジイクレイトは少しほっとしながら、胸を押さえる。
「……それで、どのようなご用件でしょうか?」
「ビジイクレイト様。私を弟子にしていただけませんか?」
「……はい?」
ヴァサマルーテがなにを言っているのか理解できなくて、ビジイクレイトは聞き返してしまう。
(なにこの子。さっきからなんなの、この子。というか弟子ってなに? 俺、6才だよ?)
そんなビジイクレイトの困惑は伝わっていないのだろう。
ヴァサマルーテは、そのまま、なぜビジイクレイトの弟子になりたいのかを熱心に語り出した。
まとめると、ヴァサマルーテは同い年の子供に、はじめて負けたらしい。
そして、そのときの衝撃が忘れられなくて、ビジイクレイトの弟子になりたいそうだ。
「いや、昨日勝てたのは偶々で、ヴァサマルーテ様の方が実力は上だと思うのですが……」
「そんなことはありません。あのとき、私は絶好調だったのです。油断もなにもありませんでした。なのに、たった一撃でビジイクレイト様は私を倒したのです」
ヴァサマルーテを倒したのは、勇者直伝の技である。
それに感動を覚えるのは当然だとビジイクレイトも思うのだが、弟子になるのは話が違いのではないだろうか。
それこそ、勇者の技に感動したのなら、勇者の弟子になるべきである。
「あの……あの技は……」
そのことをビジイクレイトは言おうとして、止めてしまう。
(……勇者に技を習ったって、公言していいのか?)
あまり良くはなさそうだ。
どうしようかと悩んでいる隙に、ヴァサマルーテは一人でドンドン話を進めていく。
「なので、私はビジイクレイト様の弟子となります。いや、弟子なのでお師匠様とお呼びした方がいいですね。ではお師匠様。今日はなにをされますか? 模擬戦ですね。ではいきますよ!」
「まって! 話が早いです! 会話で独走しないでいただきたい! 私はついていけてないですよ?」
「では、戦いながら決めましょう。今日も私が負けたら師匠になっていただきます!」
「そんな脅しがあるか!」
もう貴族らしい話し方などどこかにいってしまった。
結局、ヴァサマルーテはビジイクレイトの弟子を名乗るようになった。
そして、近隣の貴族の子供たちが合同で訓練をするときは、常にヴァサマルーテがビジイクレイトにくっついてくるようになるのだった。
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