第20話 次の日の集団リンチ

「今日も、訓練所に行かれるのですか?」


 カッステアク達に集団暴行された次の日。


 図書館で、アープリアとの昼食を終え、自室に戻ったビジイクレイトに、ロウトは運動着を抱えたまま聞いてきた。


「……ああ、戦う術を学ぶのは貴族の義務だからな」


「しかし、あのような行いが許される場所に向かうなど……」


 ロウトは、昨日のカッステアク達の集団暴行に憤慨していた。


 当然だろう。

 自分の主が一方的に痛めつけられていたのだから。


「事の顛末は、キーフェに報告したのだろう?」


「……はい。何もしない、と」


 ロウトは悔しそうに顔をゆがめている。


 ビジイクレイトも、小さく息を吐いた。


「なら、この件は終わりだ。キーフェもそう判断されたのだから」


「かしこまりました」


 ロウトは、ゆっくりとビジイクレイトの服を脱がせ、運動着を着せていく。


 傷跡などはない。


 訓練の後は、傷や疲労を癒す回復薬が配られるからだ。


 しかし、回復薬で癒されるのは体だけ。


 心の傷までは治ることはない。


 この後の訓練のこと考えると、どうしても沈んだ気持ちになるのを、ビジイクレイトは微笑みを浮かべて誤魔化した。




「では、今日も素振りからだ!」


 ジメイーキが、壇上で指示を出す。


 カッステアク達の周りには過剰なほどに騎士が集まり、彼らを讃えていく。


 昨日と一緒の光景。違う点は、訓練所の周りにいる子供達の護衛役の騎士の数が増えたことだろうか。


(警戒しているんだろうな。暴力の連鎖はどう転ぶかわからない。特に、まだ小さい子供達だと……)


 一度あのような暴行行為が許された空間だ。


 警戒するのは当たり前だろう。

 

 殴った一人が、次の日には殴られる。


 そんなことが十分想定出来るほどに、この訓練所の治安は悪い。


(貴族の子息たちが集まっているのに、な)


 少々、落胆したが、貴族なんてそんなものだ。


 気を取り直して、素振りをする。


 ビジイクレイトの周りには、誰も近寄ってこなかった。


「よし、やめっ! 次は模擬戦だ」


 ジメイーキが、号令を出す。


 素振りが終わった後は、昨日と同じような模擬戦。


 しかし、昨日と違う点は、模擬戦と言われたとたん、カッステアクとカッマギクがビジイクレイトの元にやってきたことだ。


「喜べ、『ケモノ』。今日も相手をしてやろう」


 彼らに遅れて、他の子供達もビジイクレイトの周りに集まってくる。


 だが、取り巻きの子供達は少々困惑しているようにも見える。


(……さすがに、昨日親に何かを言われたか?)


 一応、ビジイクレイトも東で一番大きな領土を管理しているキーフェの息子なのだ。


 そんな彼に、同じアイギンマンの子息から命じられたとはいえ、暴行を加えたことを問題視しないとは、思えない。


 取り巻きの子供達の様子に気が付いたのか、カッステアクとカッマギクたちが怪訝な顔する。


「……どうしたのだ?」


 彼らの疑問に、子供達も答えない。


 すると、ジメイーキがニヤニヤ笑いながら近づいてきた。


「おお、今日も貴族の光を知らない『ケモノ』に、カッステアク様達が自ら教育してくださるのですか。他の子供達も協力するのでしょう? 実に素晴らしい」


 これからビジイクレイトを集団暴行しようとしている子供達を、教官であるはずのジメイーキが褒め讃える。


「ええ、このような子供達が成長すれば、これからのシピエイルも安泰といえましょう」


「カッステアク様とカッマギク様の言うとおりにしておけば間違いはない」


 他の騎士達も、子供達を咎めることなく、ビジイクレイトへの集団暴行を容認していく。


 すると、子供達は嬉しそうに顔を明るくした。


 彼らは覚えてしまったのだ。


 人を一方的に攻撃できる快感を。


 誰かを陥れる愉悦を。


 下位の貴族であるがゆえに、下の人間を作りたかったに違いない。


 カッステアク達の取り巻きの子供達が、武器を構えてニヤニヤと笑った。


(……しょうがない。今日も命を大事に……)


 ビジイクレイトが盾と木剣を構えていると、ふいに人の気配がした。


 そちらを振り向くと、水色と金色の髪がなびく、手足の長い少女が立っていた。


「ん?誰だ?」


「ヴァサマルーテ様ですよ。昨日、あの獣に非道なことをされた……ヴァサマルーテ様。いかがされましたか? もしや、一緒にあの獣への教育に参加していただけるのでしょうか?」


 カッステアクが首を傾げる横で、カッマギクがニヤニヤと笑いながらヴァサマルーテに話しかける。


そのカッマギクの問いかけに、ヴァサマルーテは軽く頷いた。

 

「はい。ビジイクレイト様もよろしいでしょうか?」


「え……?」


 ビジイクレイトへの暴行に参加するというヴァサマルーテに失望する間もなく、ビジイクレイトは困惑した。


(……え、なんでこの子、俺への暴行に俺の許可を得ようとしているの? どういう気持ちでそれを口にしているの?)


「ダメ……でしょうか?」


 ヴァサマルーテは、目をうるうるとさせながらビジイクレイトをじっと見てくる。


(……なんでそんな悲しそうな顔を浮かべているの? ダメに決まっているよ? だって君、強いじゃん。ボコボコにされたの忘れてないからね? 君が参加すると私刑が死刑になるよ? マジで)


 しかし、そんなことを思っても口にはしないし、顔にも出さない。


 ただ微笑んで、何も答えないようにする。


「ありがとうございます」


 それを肯定と受け取ったようで、ヴァサマルーテは喜んでいる。


(あら、かわいい。良い笑顔……じゃねーよ! どうなっているんだよ! ちくしょうめっ!)


 ヴァサマルーテの参戦に、カッステアク達も困惑していたが、すぐに嬉しそうに顔をニヤニヤとゆがませる。


「では、いくぞ。今日は最後まで耐えるんだ……な?」


 カッステアクが昨日と同じように木剣を構え、ビジイクレイトに向けて突撃しようとしたのだが、すぐに動きを止めてしまう。


「……ヴァッサマルーテ様。それはどういうつもりですか?」


 動きを止めたカッステアクの指摘に、ヴァサマルーテは、首を傾げる。


「……何か変でしょうか?」


「どうして、アナタが我々に剣を向けているのでしょうか?」


 ヴァサマルーテは、ビジイクレイトの横に並び、木剣を構え、カッステアク達に対峙していた。

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