第18話 勇者の剣:『点撃(てんげき)』

 気配もなく、見えることもなく、ヴァサマルーテは気が付けばビジイクレイトに向けて、木剣を振り下ろしている。


「は……? うおっ!?」


 貴族らしくないマヌケな声を出しながら、ビジイクレイトは体をのけぞらせる。


 前髪をかすめながら、ヴァサマルーテの剣が顔面を通り過ぎていく。


「……ふっ!!」


 力強く息を吐く声が聞こえる。


 なめらかに、まるで流れる水のように、振り下ろされたヴァサマルーテの剣が、次は横になぎ払われようとしている。


 ビジイクレイトの腹に向かって。


「速いって!!」


 ビジイクレイトは、とっさに剣をあげる。


 なんとか、剣でヴァサマルーテの攻撃を防ぐことが出来た。


 しかし、その手に走った衝撃に、ビジイクレイトは驚嘆する。


(……受けただけでわかる。これ強いヤツやん!! 顔面に当たったら鼻が折れるし、お腹を殴られたら確実に嘔吐するヤツ! なんで!? なんでこんな小さな女の子が、こんな攻撃できるん!?)


 心の声がエセ関西弁になるほどの驚きである。


 しかし、いつまでもエセ関西弁ではいられない。


 くるりとヴァサマルーテが剣を回し、ビジイクレイトの剣をはじいた。


「うっおっ!?……危なっ!」


 がら空きになった腹部を、木剣で殴られる。


 とっさにそう判断したビジイクレイトは、一歩後ろに下がっていた。


 なんとか木剣は当たらなかったが、ギリギリである。


(だから、強いって! ちょっと、一回落ち着かないと……)


「いや、お強いですね。驚きましたよ。ヴァサマルーテ様は、いつから剣を……」


 そう思った時には、すでに行動を終えているビジイクレイトである。


 会話して落ち着く時間を稼ごうと、ヴァサマルーテに話しかけたのだが……


「うおおおい!?」


 すでに、ヴァサマルーテは剣を振り下ろしていた。


 どうやらヴァサマルーテは、思うよりも前に行動をしているらしい。


 なんとか剣で受け流すが、ヴァサマルーテの猛攻は止まらない。


(ああああ! なんだよ! なんでこんな……!)


 必死に、怪我をしないようにヴァサマルーテの攻撃に耐えていく。


 そうしていると、次第にビジイクレイトも驚きから回復し、冷静になってきた。


(……これが貴族だ。魔境を制覇し、民を守るために戦うための一族が貴族だ。だから、貴族の一族は戦うために己を磨く。どんなに見た目が可憐でも、戦うために鍛えられる)


 冷静になって、泣きたくなってきた。


(……甘かった。一年間、勇者に教えられた型をマネて、素振りをしてきただけで、強くなっていると思った。高校生まで生きていた記憶があるから、自分はスゴいと思っていた)


 泣きたくなって、恥ずかしくなる。


(違う。全然違う。現実は同い年の女の子に手も足も出ないほどに弱い。挨拶も満足に出来なくて、勉強を教えられないほどに頭も悪く、毎日神殿に通っているのに才徳もない)


 恥ずかしくなると、急に空しくなった。


(……こんなヤツが、勇者の仲間になる? 何も出来ない無能。情がない獣。無能で無情な獣。そのとおりじゃないか)


 空しくて、空しくて、どんどん言葉が流れてくる。


 自分を傷つけるだけの、無駄な言葉が。


(聖人? なれるわけがない。何もできない俺が……勇者の仲間になれるのか? なれるわけが……ない。なれない。俺は、勇者の仲間になれない。あの人の隣に……立てない)


 自分で流した言葉に傷ついて、痛めつけられて。


 だから、満ちた。


(……イヤだ。俺は、勇者の仲間になるんだ……勇者の仲間になって……!!)


 怒りが、ビジイクレイトの体を動かした。


 ヴァサマルーテの剣を、身につけていた盾で受け流す。


 ビジイクレイトの脳裏に浮かぶのは、勇者が教えた型。戦いのコツ。


『盾は円。守るときは全てを守る。円のように丸く、柔らかく』


「……え?」


 あまりにも優しく受け流されて、ヴァサマルーテは体勢を崩していた。


『剣は点。攻めるときは一点を攻める。点のように場所を見極め、全身全霊の力で点を撃つ』


「……全身全霊の力で、点を撃つ」


 ぎゅっと力を込めると、体重も、想いも、何もかも込めて、ビジイクレイトはヴァサマルーテの胸を突く。


『点撃(てんげき)』


勇者に習った、必殺の突き技。


「…………っっっっっかっ!?」


 勇者直伝の必殺技を受けたヴァサマルーテは、風に飛ばされる木の葉のように飛んでいく。


 その光景をじっと見たあと、ビジイクレイトはゆっくりと木剣をおろした。

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