第17話 同い年の少女:ヴァサマルーテ

「……では、まずは素振りからだ」


 ジメイーキが台に上がり訓練を指示を出す。


 自前か、訓練所で貸し出している木剣を手にして、それぞれ素振りを開始する。


 ここに集まっているのは、貴族の子供達だ。


 事前に、多少は訓練しているので剣が振れない子供はいない。


 ジメイーキ以外の騎士達も子供達の間を歩きながら、素振りでおかしな点を指摘していく。


 ビジイクレイトも自前の木剣で素振りをするが、さっそくおかしな点に気が付いた。


 自分の素振りに対してではない。


 訓練所の様子に、正確には指導役の騎士達に対してだ。


(……いや、あれはさすがに……)


 訓練のために指導役の騎士は10名はいるのだが、うちジメイーキを含む4人はカッステアク達に張り付いている。


 そして、彼らを過剰なまでにほめたたえているのだ。


「素晴らしい。カッステアク様は剣の才能をお持ちのようだ。いずれ木剣でも堅い魔獣の皮を切り裂くかもしれませんぞ」


「カッマギク様も、魔法の素養があるとのことですが、剣の腕も素晴らしい。そこら辺の騎士など相手にはならないでしょうな」


 騎士達にほめられ、カッステアク達は自慢げに素振りをしていた。


(それに……な)


 あとの6人の騎士も、行動がおかしい。


 明らかに、数名のこどもたちを避けて動いている。


 カッステアク達に挨拶を返さなかった子供達だ。


(……それと、なぜか俺)


 他の子供達には素振りの問題点を指摘して、挨拶を返さなかった子供達は、見ようともしていない。


(はぁ……大丈夫かな)


 訓練早々、ビジイクレイトは嫌な気分になった。


「よし、素振りはやめ。問題がある者はとくにいないな。今年の子供達は優秀だ。特に、アイギンマン家のご子息であるカッステアク様とカッマギク様は素晴らしい。皆も彼らを手本とするように」


 ここまで、カッステアク達を持ち上げなくてもいい気もするのだが。


「では、次は1対1の模擬戦だ。それぞれ、相手を組んで戦って見ろ」


(……相手を組む、か)


 これからの展開が読めて、ビジイクレイトはげんなりした。


 案の定、カッステアク達の周りに子供達が集まって、大きな集団となる。


(……あそこに混ざるのは、なしだ。どうせ除け者にされる未来しか見えない)


 カッステアク達に挨拶を返さなかったこどもたちも、それぞれ派閥のようなモノがあるらしく、次々と相手を見つけて組んでいく。


(でも、このままではぼっちに)


 どうしようか、オロオロとしていたときだ。


 ビジイクレイトの手が取られる。


「……ん?」


「あの、私と一緒に組みませんか?」


 手を取ったのは、ビジイクレイトの後ろに立っていた少女だ。


「ヴァサマルーテ様、でしたよね?」


「はい。アイギンマン領の北。ノールィンより参りましたヴァサマルーテ・ノールィンと申します」


 ノールィンは、アイギンマン領の10分の1ほどの大きさの小さい領地だ。


 しかし、小さいとはいえ国から与えられた領地を管理する上位貴族。


 丁寧に挨拶を返したヴァサマルーテに、ビジイクレイトは少し慌てる。


 名乗りをもう一度強要したことになるのは、少々不作法だからだ。


「……ビジイクレイト・アイギンマンです。申し訳ございません。昨日の儀式の疲れがまだ抜けていないようで、少々、気が抜けていたようです」


「昨日は珍しいモノを見せていただきました」


 ヴァサマルーテは少しだけ微笑んでいる。


 上位貴族の子供なのに、無能だと判定された儀式は確かに珍しいだろう。


 馬鹿にされているのか、と怪しんでいるとヴァサマルーテが首を傾げる。


「どうされましたか?」


「いえ、その……さきほど私と組もうとおっしゃられていましたが」


「はい」


 歯切れよく、ヴァサマルーテが答える。


 とても澄んだ声だ。

 

 ここまでの会話の間、ずっと彼女はビジイクレイトの手を握っている。


「理由をお聞きしても? 私は……無能と判定された子供ですよ?」


「はぁ……それがどうかされました?」


 ヴァサマルーテが、再び首を傾げた。


 たぶん彼女の頭には?が浮かんでいるだろう。


「え……っと」


 言葉を探してビジイクレイトが視線をさまよわせている間に、他の子供達は組み終わったようだ。


 模擬戦が始まっている。


 もう、お互いに相手は残っていない。


「お相手、お願いしてもよろしいでしょうか」


 ビジイクレイトが了承の返事をすると、ヴァサマルーテが嬉しそうに微笑む。


「はい」


 その笑顔がとても綺麗で、逆にビジイクレイトの心に冷たいモノが流れていく。


(……わざわざ無能と戦わなくてもいいだろうに。こんなに可憐なお嬢様が……ああ、逆にそうなのか? 戦うことに慣れていないから、無能が相手なら大丈夫って判断なのかも)


 貴族は基本的に戦うための一族だ。


 しかし、ヴァサマルーテがジイクの記憶の世界にいたら、戦うために剣を握る姿なんて想像できないだろう。


 ビジイクレイトから手を離して模擬戦のために離れていく姿は、どう見ても、可憐で華奢なお嬢様である。


 そんなお嬢様がピッチリとした運動着に身を包んで、木剣を持っている姿は、どうにも違和感が拭えない。


 木剣がなければ、バレエのレッスンと言われた方がしっくりするはずだ。


(……しょうがない。怪我をしないように、気をつけて……)


 ビジイクレイトは木で出来た盾を身につけ、木剣を構える。


 木剣を構える姿勢は、勇者に習った型の構えだ。


 習ったあの日から、ビジイクレイトは毎日のように勇者の型を思い浮かべ、練習してきた。


 ヴァサマルーテが相手では、全力で戦うと危ないだろう。


 力を抜いて、一息ついた。


 そして、ヴァサマルーテをみて、ビジイクレイトは、思わず動きを止める。


(……ん? なんか、しっかりしてないか?)


 しっかりしている、という表現が適切なのか、ビジイクレイトも自信はない。


 しかし、木剣を構えたヴァサマルーテを見て、咄嗟にはそんな表現しか思い浮かばないのだ。


 それくらい、先ほどまでの違和感が消えている。


(しっかりしている……なんだっけ、こういうときに言う言葉。ど……どう……)


 ジイクの記憶を引っ張り出して、適切な表現を探す。


 それは、小説を書いていた者の習性だ。


 記憶の海をかき分けて、どうにか言葉を拾い上げた。


(堂にいる、だ。意味は、確か一流の技術を持つ人に使う言葉で……ん?)


 拾い上げた言葉に疑問を持った、そのときだ。


 10歩以上離れた場所にいたはずのヴァサマルーテが、肉薄していた。

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