第16話 合同訓練
これから、七真式などの儀式の時期に合わせ、近隣の貴族の子息たちと合同で、剣術の訓練があるのだ。
その訓練には、もちろんカッステアク達も参加する。
アープリアとの昼食を終えて、ぴっちりとした全身タイツの運動着に着替えたあとビジイクレイトは屋敷の訓練所へ向かう。
これまで、ビジイクレイトが使っていた盾の鍛錬所と違い、今日の訓練が行われる剣の訓練所は広く、100名以上の子供たちがいた。
その周りには、鎧を着ている者や、普通の貴族服を着ている大人たちも数十名ほどいる。
(……年齢はほぼ一緒。同年だけじゃなくて年の近い近隣の貴族の子供たちが集められたって話だけど、こうやってぴちりした運動着を着た子供達が集まっていると、まるで小学校のプールの授業だな)
子供達が着ている運動着は、材質といい、全身を覆う競泳水着のようにしか見えないのだ。
(これが子供だからまだいいけど、大人になったとき、すごい光景になりそうだな……いや、そのときは上に鎧を着るのか)
大人達は運動着の上に鎧を着ているので、中世の騎士っぽいみためになっている。
そんなことを思いながら訓練所に入っていくと、
ビジイクレイトが来たことに気が付いたのだろう。
ざわついていた場の空気が変わる。
見られているのがわかる。
(……見下されている、か)
集まっている子供達の大半が、ビジイクレイトを見て、ニヤニヤと口角を上げたり、クスクスと声を出して笑うモノが少なからずいた。
……いや、大人達も笑っている。
(貴族が感情をあまり見せるなよ)
そんな彼らの横を笑顔で通り過ぎ、ビジイクレイトは一番後ろに立つ。
(見られたくないからな。見えないけども)
集まっている貴族の子供たちは、ビジイクレイトよりも体が大きい。
認めたくはないが、ビジイクレイトの体格は少々小さい、のかもしれない。
前が見えないので体を動かして位置を調整しようとして、すぐに諦める。
よくよく考えると座学ではないので、前が見える必要もそんなに多くはないだろう。
(……ん?)
ふと後ろから視線を感じて、ビジイクレイトは振り返る。
いつの間にか、少女が一人、立っていた。
(うおっ!? ビックリした。俺、一番後ろに立ったよな?)
少女が近づいていたのに、まったく気が付かなかった。
そのまま、つい少女を観察して、また驚いてしまう。
(うわぁ……手足、長っ! まだ六歳とかでこれなら、将来トップモデルみたいになるんじゃないか?)
清らかな湖を思わせる水色の髪と金色の髪を持つ少女は、すらりとした長い手足を持っていた。
立っているだけで絵になるような、そんな美しさがある。
(って、この子は、確か隣の領地の……)
昨日、七真式が終わったあと貴族の子供たちの間で挨拶を行う親睦会が開かれた。
ほとんどの子供たちはカッステアク達に挨拶をして、ビジイクレイトの所へ来なかった。
……来ないだけならまだしも、カッステアク達に習ってなのか、ビジイクレイトの挨拶を拒む者も多くいた。
そのなかで数名、律儀にビジイクレイトに挨拶をしてくれる者達がいた。
その一人が、ビジイクレイトの後ろにいる少女である。
少女の名前を名前を思い出そうとして、少し考えていると、周囲が騒がしくなった。
「来られたぞ。静粛に! アイギンマン家のカッステアク様とカッマギク様だ!」
教官と思われる騎士が声を張り上げる。
シピエイルはカッステアク達が来たときから座学のみ教える事になったため、ここにはいない。
(……俺が来たときは何もなくて、カッステアク達が来たときだけは、仰々しくお出迎え、か)
ビジイクレイトを見下していた子たちも、カッステアク達が来るとわかった瞬間、貴族らしく真面目な顔つきに変わる。
全員が姿勢を整え、静かになったところで、いつの間にか閉じられていた訓練所の扉がゆっくりと開かれた。
(カッステアク達の側近と連絡を取り合って一度閉めたんだろうけど……よくやるねぇ)
カッステアク達が側近を連れて訓練所へ入ってきた。
二十名ほどの大所帯だ。
彼らはそのまま、訓練所で一段高くなっている場所へ上がる。
教官などが訓練所の全体を見渡せるようになっている台だ。
(鎧かよ)
カッステアクたちは運動着だけではなく、上から大人の騎士と同じように鎧を着ていた。
(全身タイツみたいな運動着で訓練するのには意味があったはずだけど……いいのか?)
たしか、体の動きがよくわかるから、などの意味がこの運動着にはあったはずだ。
しかし、そんなことはどうでもいいのか、自分たちだけ豪華な鎧を着ていることに満足したのか、整列している子供達をみて、カッステアク達は頷いている。
その横で、教官と思われる騎士の一人が前に出る。
「私はジメイーキ。キーフェ・アイギンマンよりこの訓練の教官を命じられた。貴族としての責務を果たせるように、鍛えていくつもりなので覚悟するように。そして、こちらにおられるのがキーフェのご子息であるカッステアク様とカッマギク様だ」
「シピエイルの子供達よ。冬の試練を乗り越え、よく集まった。我ら闇より船を守る盾は、研鑽する若き刃に力を貸すことを惜しむことはない」
「共に精進し、魔を排する聖なる光を高めていこうではないか」
カッステアク達の挨拶に、大半の貴族の子供が、拳を握って胸の前でクロスした後に姿勢を正した。
目上の者に対する貴族の挨拶だ。
(……別に、カッステアク達が明確に上ってわけじゃないんだけどな)
ビジイクレイトにとって彼らは兄ではあるが、身分が高いというわけではない。
さらにいうと、『神財』や『聖財』を得るまでは貴族の子供といえど一人前とは見なされないので、ここにいる子供達は身分という制度では、同じなのだ。
しかし、アイギンマン家のような上位貴族の子供に対して、下手な態度を見せないようにするのも賢い選択ではあるのだろう。
ほとんど子供達はしっかりとカッステアク達に敬意を示している。
ビジイクレイトも一応した。
昨日挨拶が出来ないと叱責されたばかりだ。
やっておいた方がいいだろう。
挨拶をしていないのは10名ほど。
(……昨日、俺と挨拶をしてくれた子たちばかりだな)
見ていないが、気配から察するに後ろの女の子もしていなさそうだ。
彼らは、アイギンマン家ほど大きな土地ではないが、国から土地を与えられた上位貴族や、アイギンマン家から土地の管理を任せられている中位貴族の家の子供達である。
カッステアク達も、挨拶を返していない子供達を睨んでいるが、何も言うことは出来ていない。
堂々と喧嘩を売れるほど、彼らの地位は低くないのだ。
面白くなさそうな顔のまま、カッステアク達は台を降りた。
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