第15話 聖人を目指す
七真式の後、夜に子供達同士での挨拶の場が開かれた。
そして、次の日のことだ。
ビジイクレイトはいつも通り神殿の図書室へ向かい、そこでアープリアと合流してから、散歩を終えて昼食を共にする。
ご機嫌斜めなアープリアとだ。
「ヒドいですわ」
アープリアが怒っている原因は、昨日のカッステアたちがビジイクレイトの挨拶を拒否したことと、七真式での出来事だ。
「異母兄弟とはいえ、弟であるビジイクレイトお兄様に……それに、神聖な儀式であのような企てをするなんて……!」
どうやら、優秀な侍女たちに昨日の出来事を聞いたらしい。
朝からプリプリと怒っていて、勉強中も不機嫌だった。
「まぁ、もう終わったことですから」
ビジイクレイトのことを思って怒ってくれるのは悪い気がしないが、あまり怒りの感情をぶつけられても困ってしまう。
なので、ビジイクレイトはアープリアをなだめようとするのだが、効果はあまりない。
「そうやって……なんでビジイクレイトお兄様は笑顔を浮かべることが出来るのですか!? 私は、もう悔しくて悔しくて……」
余計に火を注いでしまったようだ。
アープリアの怒りが、涙になって目からこぼれそうになっている。
「ああ、落ち着いてください。涙が……」
「……うー……」
アープリアは席を立つと、ビジイクレイトの元へ行き、膝の上に乗って胸元に顔を埋める。
ビジイクレイトの服で、涙を拭くようにして。
「あの、アープリア様? アープリア様も、もう5歳になられますので……」
「……まだ5歳です」
ぎゅっと、アープリアがビジイクレイトに抱きつく。
「キーフェ・アイギンマンも、咎めなかったのですよね?」
「ええ……私は『ケモノ』ですから」
「……キーフェが、なんで……」
「それ以上はダメですよ、アープリア様。神殿に身を置かれているとはいえ、領主へのお言葉は慎重にお選びください」
つい口にしようとした領主であるビイボルトへの悪口を止められ、アープリアは口を閉ざす。
そして、しばらくすると顔を上げてビジイクレイトの目をじっと見てきた。
「……なんでしょうか?」
「私は、味方です」
突然のアープリアの宣言に、ビジイクレイトは首を傾げる。
「例え、どんなことがあっても、誰が相手であっても、私はビジイクレイトお兄様の味方ですから」
「……ありがとうございます」
子供の言葉でも、今のビジイクレイトにはとても嬉しい言葉であったので、素直にお礼を言うことにする。
そんなやりとりをしたあと、席に戻ったアープリアはお茶を飲んで話題を変えた。
「聖人になりましょう」
しかし、その話題がなかなかぶっ飛んでいる。
「アープリア様は、聖人とは何かご存じですか?」
「はい。もちろん。十聖式で『聖財』を賜ることが出来る選ばれた人ですわ」
基本的に、貴族は12歳になると十二神式で『神財』という特別な力を持った道具が一つ与えられる。
しかし、世代に数名程度の割合で、10歳の十聖式に、『神財』のような特別な力をもった道具『聖財』が与えられる人物が現れるのだ。
その人物を聖人と呼び、聖人は世代を率いる者として尊ばれるようになる。
ちなみに、ビジイクレイトが尊敬する勇者も聖人だ。
「……聖人は、神に選ばれた尊き人です。簡単になれるようなモノではありませんし、そもそも……」
「大丈夫です。ビジイクレイト様は日々努力をされております。きっと、神々もビジイクレイト様のその姿を見ておられるはずです」
アープリアが、にっこりと笑みを浮かべている。
その顔に、いっさいの疑いはない。
「それに、ビジイクレイト様は、毎日神殿で、き……」
「わかりました。聖人を目指しましょう」
ビジイクレイトの返事に、アープリアは目を輝かせる。
「でも、アープリア様も一緒です。二人で、聖人になるんです。いいですね?」
「……はい!」
アープリアは満足げにうなずく。
(……聖人、か。正直、なれるなら俺もなりたい。『勇者の仲間』になるなら、これ以上ない資格だもんな)
今の勇者が聖人なら、その仲間に聖人がいても不思議ではない。むしろ、釣り合いがとれる。
(けど、なろうとしてなれるモノじゃないんだけどな)
一応、神殿は神々に関する内容の書物が集められていて、『神財』や『聖財』、『聖人』に関する資料は多い。
そのなかで、これまでに『聖人』になった人物についてまとめられる資料もあり、ビジイクレイトも読んだことがあるが、はっきりとした共通点はなかった。
(強いていうと、幼少期からある程度優秀だった人物に多いってことだな。『聖財』がギフテッドのようなモノって考えれば、当然といえば当然か)
では、ビジイクレイトはどうだろうか。
(異世界の、高校生の知識があるから自分は優秀って思っていたけど……)
ビジイクレイトは今朝のことを思い出す。
朝、座学の授業を受けるためにレインハルの元へ向かうと、カッステアクたちがいた。
そして、レインハルに言われたのだ。
『ビジイクレイト様はカッステアク様たちと比べて勉学が遅れておりますので、自習をしていてください』と。
まさか、カッステアクたちの方が進んだ内容をしているなんて思わなかった。
この世界の貴族の子供たちは、かなり優秀なようである。
(……昨日の儀式の結果でも、どうやら俺はかなり出来が悪いらしいし。まさか才徳がないなんてな。おかけで無能とか新しい称号が増えたし)
七真式の後、夕方ごろに儀式に参加した子供達を中心に、同年代の子供達で茶話会が開かれたが、そのときに儀式の担当をしたトコオーマが言いふらしていたのだ。
ビジイクレイトは才徳がない無能だと。
どうやら、祝詞を使って魔聖杯を反応させても、意味がないらしい。
(無能で、無情な『ケモノ』……ヒドい評価だな、我ながら)
昨日の茶話会で他の同年代の子供達をみたが、体格は、ビジイクレイトに比べると大きい者が多かったし、正直なところ世代に一人の聖人になれるような逸材であるのか、ビジイクレイトには自信がない。
(まぁ、一応前世……前世なのか前々世なのかわからないけど、そういう知識があるから、それでワンチャン……)
ビジイクレイトは、そこに望みをかけるしかないだろう。
一方だ。
イスに座って満足そうにお茶を飲んでいる五歳の少女、アープリアを見る。
五歳なのに、とても優雅にお茶を飲むその姿は、気品に満ちていた。
(……アープリア様は、可能性は十分あるな。五歳にしては絶対に賢い)
少しだけ、お兄様贔屓が入っているかもしれないが、客観的に見てもアープリアは賢い少女だろう。
(それに……たぶん、血筋も……)
「……どうされました? お兄様?」
「いえ、ただ、アープリア様がとても可愛らしいと思ったので」
「な、何を突然言い出すのです!?」
真っ赤になっているアープリアに笑顔を向けながら、ビジイクレイトもお茶を飲む。
アープリアとの楽しいひとときの後は、嫌な時間が待っている。
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