第14話 子供達の阿鼻叫喚
(……いくらなんでも、品がなさすぎる。このまま帰るか? いや、さっきの挨拶とは違って、儀式を受けずに帰るのは困る)
どうしようかと悩んでいると、ふと祭壇に目がいった。
正確には、祭壇の奥。
煌々と燃え続ける炎。粛々と沸き続ける水。厳かに佇む土。舞うように吹く風。轟々と轟く雷。淡々と命を育む木。
それらを取り込んでいる金色の杯に、黒い煙。
講堂の屋根まで届きそうな大きな魔聖杯をじっと見る。
(あれが本物の魔聖杯。トコオーマが持ってきた人工のモノと比べると、全然違うな。大きさもだが、存在感というか、雰囲気が違う)
魔聖杯を見ながら、ビジイクレイトはふと思い出す。
(……そうか)
そして、そのまま祭壇に向かって歩き出した。
「かーえーれ! かーえーれ! かー……」
儀式を受けていた下位の貴族の子供たちの群を、気にもせずにビジイクレイトは歩いていく。
「……儀式の最中ですよ? 行儀が悪いのではないですか?」
帰れの大合唱をしていたこども達に何も言わなかった男が、何か言っている。
そんな男の言葉も無視して、ビジイクレイトは祭壇の奥に向かって進んでいく。
(七真式は聖域を作り出している魔聖杯を通して神々に子供たちの滞在を認めてもらう儀式。平民なら手をかざすだけだが、貴族にとっては別の意味がある。才徳の確認だ)
たとえば、火の才徳がある場合は、炎を起こす『財』を手にしたり、炎の魔聖法を扱いやすかったりする。
(『勇者の仲間』を目指しているんだ。現時点の才徳を知っていれば訓練の効率が違ってくる)
そして、その才徳を知るのには、祭壇にある魔聖杯に触れるだけでいいのだ。
トコオーマが持ってきた人工的な魔聖杯では才徳がよくわからなかったが、儀式で使う本物の魔聖杯ならわかるはずである。
(魔聖杯に触れるだけでいいなら、別に神官の祝詞とかもいらないしな)
ビジイクレイトの意図に気が付いたのだろうか。
トコオーマは魔聖杯に近づいているビジイクレイトを止めようとしたが、数歩歩いてから、その動きを止めた。
(……イヤな笑顔だ)
止まった理由は、はっきりとはわからないが、おそらくはとてもイヤな理由だろう。
顔にはっきりと侮蔑の意図が込められている。
(『ケモノ』ごときが魔聖杯に触れたところで、大した才徳はない、とかか? あとは勝手に儀式をしたことを父上に報告するとか?)
トコオーマの意図が色々浮かぶが、どれも些事だ。
『勇者の仲間になる』という大望の前では。
ビジイクレイトは魔聖杯の前に立つと、ゆっくりと魔聖杯の黒い霧に触れた。
(図書室の時は、勝手に体から何か吸われる感覚があったけど……何もない?)
ただ黒い霧の少しひんやりとする感覚に首を傾げていると、トコオーマが笑い出した。
「は、ははは。やはり『ケモノ』。まさか何の才徳もないとは……無能。このような貴族はかつていなかったでしょう。ええ、平民でも何らかの才はもっている。神々から力を与えられて戦う貴族の子供が、神々からも愛されてはいないなんて……」
トコオーマにつられて、少し大人しくなっていた下位の貴族の子供達と、カッステアク達もまた声を出して笑いだす。
「無……無能!? そんなのいるのか?」
「無様な女から生まれた無様な獣は、神々からも嫌われているようですね」
(……何か起きないといけないのか? ああ、もしかして、時間が変更したことを告げられなかったみたいに、儀式の手順も何か間違っているのか
?)
やはり、神官からの祝詞が必要なのだろうか。
しかし、トコオーマが大人しく協力してくれるとは思えない。
(自力でどうにかしないと。何か俺が出来ること……ああ、そうだ)
そこでビジイクレイトは思い出す。
過去にビジイクレイトが魔聖杯を反応させた時のことを。
「……我は魔と聖の調和を望む者 炎の神 フィーネクス 水の神ブラウドラフィ 土の神ゲェンブイフ 木の神ウェルトボン 風の神ビィーヤルフ 雷の神ワイツティガ。魔の平和を願い、聖の闘争を拒絶する。真なる天秤の礎こそが我が祈り」
祈りの言葉を唱えると、魔聖杯が反応した。
「なっ……!?」
魔聖杯に粛々と沸いていた水が霧となり、元々魔聖杯を覆っていた黒い霧と合わさり大きく広がっていく。
それは黒い濃霧だった。
黒い濃霧は礼拝堂を覆い尽くし、まるで夜のような闇へと周囲を変えた。
「な、何も見えない!? ……うわあああああ!? お母様ー!!」
「お兄様! お兄様! お助けてください! 暗くて……!」
「うわぁああああん! あああああああ!!」
急に真っ暗になったことで、カッステアク達と儀式を受けるために祭壇の近くにいた下位の貴族の子供達がパニックを起こして泣いている。
(うーん、阿鼻叫喚)
どうやら、泣いているのはカッステアク達と下位の貴族の子供達だけのようで、上位や中位の貴族の子供達が座っていた椅子の方からは泣き声は聞こえない。
(まぁ、どうでもいいか)
誰が泣こうとも興味はない。
ビジイクレイトは魔聖杯から手を離し、黒い濃霧が無くなってから礼拝堂を立ち去った。
立ち去るビジイクレイトに嫌みを言う者は、一人もいなかった。
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