第13話 神官:トコオーマ
「ビジイクレイト様、そろそろ神殿へ向かう時間です」
「……そうだな」
自室へ戻ったあと、一人で昼食を食べ待機していたビジイクレイトは席を立つ。
他の家族たちは、剣の間の次に大きい広間である杖の間で食事と懇談会をしていたはずだ。
「……私は七真式に出てもいいのだろうか?」
儀式のために神殿へ向かう途中、そんな疑問が、ビジイクレイトから沸いて出た。
カッステアク達がビジイクレイトの挨拶を拒否したことについて、今のところ何も言われていないが、あのようなことがあって普通に儀式に参加してもいいのだろうか。
「……ビジイクレイト様に落ち度はありませんから」
ロウトが怒りを露わにしながら、拳を握っている。
「落ち度がなくても、落ち度にするのが貴族だろ。まぁ、家族について深く知れたので、よかったと思っているが」
「あのような者達は家族ではありません」
ブラウもわかりやすく怒っている。
「そうだろうな。向こうもそう思っているだろうから、そういう態度で今後は接するさ」
「……そろそろ、注意しましょう。遅く出たので、貴族はもう礼拝堂に集まっていますが、耳はどこにあるかわからないので」
ブラウが唇に指を当てた後、周囲をきょろきょろと見回す。
儀式の前にトラブルが発生しないように、ビジイクレイトは一番最後に入場するように手配をしていた。
普通は身分順で入室するので、ありえない対応ではあるが、身分順ではカッステアク達と同じ場所にいる時間が長くなる。
ビジイクレイトから何かするつもりはない。
しかし、確実にカッステアク達は嫌がらせをしてくるだろう。
それを防ぐ意味での手配であったが。
「……誰もいませんね」
通常、案内役の神官がいるはずだ。
不審に思ったロウトが儀式が行われる神殿でも一番大きな光の礼拝堂に、側近用の小さい入り口から入っていく。
しかし、ロウトが礼拝堂に入ると、すぐに戻ってきた。
「ビジイクレイト様。すでに儀式が始まっております」
「……はぁ?」
思わず低い声が出た。
「遅刻はしていないよな?」
「はい。儀式が開始される昼土の鐘はまだ鳴っておりません」
ブラウが時計を見ながら答える。
昼土は、ジイクの世界で言うなら午後3時から4時くらいの時間だ。
儀式が開始される予定の時間まで、ジイクの感覚では、5分は余裕がありそうだった。
「……儀式を担当している神官は?」
「トコオーマでした」
「……よりにもよって」
トコオーマは、ビジイクレイトがはじめて神殿の図書室を訪れた時に、祈祷を強要した神官である。
ランタークやカッステアク達に似た金色の髪と目に、良い印象ははっきり言ってない。
「嫌がらせだな」
「……はい」
悲痛な顔をして、ロウトが拳を握っている。
「もう、中位の貴族たちの儀式が終わりそうでした。今から参加しても……」
「いや、行くぞ」
「ですが……」
ビジイクレイトが歩き始めるとロウトは口を閉ざして礼拝堂の扉に向かう。
ブラウと二人で扉の前に立つと、少しだけ顔をゆがめて力を込める。
扉が開かれると、まず驚いていたのは扉の近くにいた神官たちだ。
少し狭そうに立っている様子が不自然である。
(……ああ、なぜ礼拝堂の周りに誰もいないのかと思ったが……これも嫌がらせのうちか)
おそらく、普通なら案内役や警備役をしている者まで、礼拝堂の中に立つように言われたのだろう。
「……『ケモノ』が紛れ込んだようですね」
礼拝堂の祭壇。
その上でニヤニヤと笑っている彼に。
神官をまとめる立場である、トコオーマに。
「今は儀式の最中です。立ち去りなさい」
「儀式は昼土の鐘が鳴る頃に開始されると聞いていたが?」
神官であるトコオーマの命令に従う道理がない。
ましてや、こんな理不尽な話では。
「ええ、ですが皆様そろっておりましたので。有望なこどもたちの貴重な時間を費やすことは出来ません」
「『ケモノ』ごときが、人の邪魔をするな、無礼者!!」
トコオーマの声にかぶせるように、大きな子供の声が聞こえる。
カッステアクだ。
「兄様のいうとおりだ。遅刻をするなんて、何様なんでしょうね、あの『ケモノ』は」
クスクスとカッマギクも笑っている。
その笑い声に同調するように、儀式を受けていた貴族の子供達も、ビジイクレイトを見て笑い出した。
「本当に……あれでキーフェの子息か?」
「なさけない……」
「まるで『ケモノ』のようだと聞いていたが、話のとおりだな」
笑い声が大きく、騒がしくなってくる。
(……貴族の子供達は教育されていると聞いたが……)
今の様子は、普通の平民の子供達と変わらない。
単純で流されやすい、純粋で幼稚な悪。
(……皆が騒いでいるわけではないのが、少し救われる点かな?)
祭壇の近くに座っているカッステアク達以外の、礼拝堂の椅子に座っている子供達は、騒がずに黙っている。
(ロウトが入った時に中位の貴族の儀式が終わると言っていたから、騒いでいるのは下位の貴族の子供達か)
しかし、彼らがこの騒動を止めることはないだろう。
礼拝堂には、子供達の親もいない。
親は皆、神殿に控え室にいるのだ。
(さて、どうするか)
「かーえーれ! かーえーれ!」
カッステアク達を中心に下位の貴族の子供たちも合わさって帰れの大合唱がはじまった。
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