第12話 長男:カッステアク 次男:カッマギク

 春が過ぎ、秋を越え、冬になってビジイクレイトは6歳になった。


 アープリアと毎日のように神殿の図書室で勉強し、お散歩をしてから昼食を終えたら、盾の鍛錬所で一人勇者の剣や技の数々を思い浮かべながら己を鍛える日々。


 勇者と過ごした一ヶ月が、ジイクが知るビジイクレイトの人生でもっとも素晴らしく、美しくて楽しかった日々とするならば、この5歳から6歳の誕生日を過ぎて、春に行われる七真式までの間の日々は、もっとも平穏な時であった。


 なぜなら、今年7歳になる子供たちの成長を祝う七真式の日の朝。


 アイギンマンの屋敷に新しい家族が増えたからだ。


「聖の恩寵を賜り、魔を退ける偉大なる盾の担い手となるべく参りました。カッステアクと申します」


「兄と共に、盾を持ち、聖なる民と地を守りたいと存じます。カッマギクでございます」


 ビジイクレイトよりも2回りほど大きい子供たちが、アイギンマンの屋敷でもっとも大きい『剣の間』で、ビイボルトに膝を付き、挨拶をしている。


 彼らは第二夫人ランタークの息子で、ビイボルトの長男のカッステアクと、次男であるカッマギクである。


 ビジイクレイトとは同年の年子であり、冬が始まってからカッステアクたちが生まれ、その後、秋から冬になるころにビジイクレイトが生まれた。



 母親譲りの豪華な金髪をカッステアクは短く揃え、カッマギクは長く伸ばして一つにまとめている。


「6つの柱によるキーフェ・アイギンマンへの加護を私たちがお祈りしてもよろしいでしょうか?」


「許す」


「炎の神フィーネクス 水の神ブラウドラフィ 土の神ゲェンブイフ 木の神ウェルトボン 風の神ビィーヤルフ 雷の神 ワイツティガ。キーフェ・アイギンマンと我らの繋がりが、聖による世界への恩寵の礎となりますように」


 カッステアクとカッマギクのビイボルトへの挨拶が終わり、広場は参加している近隣の貴族たちの拍手に包まれる。


 その数は数百人はいるだろう。


(俺の時は、小さい『盾の間』で、お父様とお姉様の3人に、それぞれの側近たちだけだったな)


 しかも、ビジイクレイトの母親の葬式の前日に行われた。


(……長男と次男の領主へのはじめての挨拶だ。色々扱いが違う、か)


 挨拶を終えたカッステアクとカッマギクに、ビイボルトは笑顔を浮かべている。

 

 ビジイクレイトが挨拶をしたときは、終始睨みつけていたのに。


 第一夫人の娘で、長子であるビーシュインもカッステアクとカッマギクの挨拶を受けている。


「ビーシュインお姉様、とお呼びしてもよろしいでしょうか」


「ええ、許します」


 ビーシュインも、二人に綺麗な笑みを浮かべていた。


(……やっぱ、俺だけが嫌われているな)


 扱いの差に不満はあれど、態度には出さない。

 笑顔で、二人に祝福の拍手をするのを忘れない。


(っと、いけないいけない。次は俺だった)


 笑顔を浮かべるのに気を使っていて、しなくてはいけないことを忘れていた。


 ビジイクレイトは、ビーシュインへの挨拶を終えた二人に近づき、膝をついた。


「魔と聖の調和を守るため、盾を持つことを望むビジイクレイトと申します。6つの柱による加護を、カッステアク様とカッマギク様へお祈りしてもよろしいでしょうか」


 二人の兄へ、初対面の挨拶。


 三男のため、ビジイクレイトから祈りをお願いしなくてはいけない。


『許す』と返事をもらえれば、あとは『祈祷』のときと同じような祈りを捧げるだけでビジイクレイトからカッステアク達への挨拶は終わりだ。


 しかし、挨拶のために膝をついたビジイクレイトを見て、カッステアクとカッマギクは口角を上げた。


「ん……何か汚い声が聞こえたな?」


「声? 兄上、声ではなくて鳴き声でしょう。『獣』が何か吠えているようです」


 広間がざわついた。


(……これだけ貴族がいる公式の場で、何をいっているんだ?)


 今まで、何度も陰口を言われたことはある。


 彼らの母親であるランタークから直に『ケモノ』と馬鹿にされてきた数は指の数を超えている。


 しかし、それはあくまで非公式の場だ。


 ランタークの親衛隊や側近たちが周囲を囲み、人目のつかない所で行われてきたのだ。


 さすがに、どんな返事もすることが出来なくてビジイクレイトが黙っていると、二人はぺらぺらとしゃべり続けた。


「しかし、話で聞いたとおり本当に汚いな。なんだこの髪の色は。薄汚い銀色に、獣の耳のような黒い髪。これで本当に人なのか?」


「人ではないのでは?母親が死んでも笑っていたそうですから。信じられませんね。まぁ、このような薄汚い『ケモノ』の母親も、同様に汚い生き物だったのでしょう」


 ゲラゲラと広場の中心で、二人は声を上げて笑っている。


 さすがに、あんまりではないのだろうか。


 ビジイクレイトは、顔を上げて助けを求めた。


 この場にいる、もっとも権力がある人物へ。


 彼の、父親へ。


「……挨拶もまともにできんのか!! 下がれ!!」


 しかし、その求めは裏切られた。


 ビイボルトが怒りを向けたのは、ビジイクレイトに対してだったのだ。


(いや、裏切るもなにも、お父様はずっと……)


 ビイボルトの怒声は広い『剣の間』に響き、そして、ビジイクレイトの心に大きな穴を開けた。


「……失礼いたしました」


 命じられたまま、顔を下げてビジイクレイトは『剣の間』から去っていく。


 広間の所々から聞こえるクスクスと笑う声は、ずっと耳に残っている。


 それでも、ビジイクレイトは広間から自分の部屋へ戻るまでの間、笑顔を浮かべるのだった。

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