第11話 第二夫人:ランターク
ロマンシュテレを殺した犯人は、第二夫人のランターク。
この話は、実は別に隠されていることではない。
堂々と大きな声で話すことではないが、アイギンマン領の貴族の間では、周知の事実なのだ。
まずは動機がはっきりしている。
ランタークはビジイクレイトの母親であるロマンシュテレを嫌っていた。
そして、彼女は外国からアイギンマン領に嫁いでおり、ロマンシュテレ達が襲撃された場所で、ランタークと同じ国の出身者たちが使用する様々な武器の破片が、凶器として見つかっている。
「まぁ、母親が光輝ある高き所へ登っていくのを笑顔で送り届けた『ケモノ』は、挨拶もまともにできないのかしら。嫌だわ、こんな『ケモノ』が偉大なるアイギンマンの屋敷にいるなんて」
何よりも、ロマンシュテレの息子であるビジイクレイトに対する態度が、ランタークが犯人であることを明確に示していた。
ランタークは、にっこりとヘドロのような粘着力のある笑顔で、ビジイクレイトを罵る。
周りにいる彼女の親衛隊や、取り巻きの貴族たちもクスクスと笑い、彼女に同調した。
「ランターク様のおっしゃるとおりだ。なぜあのような『ケモノ』がこの屋敷にいるのか……」
「汚らわしい黒い髪だけではなく、挨拶も出来ないとは……」
「中央から教師を呼んでいるそうだが、『ケモノ』に教育は無意味ということでしょう」
(この前長々と正式な挨拶をしたときは、『家族にもそんな他人行儀にするなんて、情がないのかしら』って、言ってきたよな?)
実のところ、これまでビジイクレイトは何度か彼女と遭遇している。
最初は、母親の葬式のとき、あとは、父親との食事会へ向かうときや、今回のように帰るときだ。
そのたびに、あれやこれや理由をつけてビジイクレイトを罵倒していくのである。
「……失礼いたしました。光の恩寵から闇の安寧へと変わり、神々がその身を休める時ランターク様に……」
「『ケモノ』が鳴いていますわね。汚らわしい」
ビジイクレイトの挨拶を遮るようにクスクスと笑いながら、ランタークたちが去っていく。
彼女たちが向かっているのは、おそらくはこの屋敷で一番大きな『剣の間』だ。
本格的なキーフェ・アイギンマンの誕生日を祝う夕食会は、これから行われるのだ。
そこで、彼女は近隣の貴族たちから、ちやほやと讃えられるのだろう。
ランタークがビジイクレイトの母親を殺した犯人だ。
しかし、捕らえられることはない。
動機も、証拠もある。
「『ケモノ』の母親も、断末魔は汚らしいモノであったな」
ランタークの親衛隊の一人が小さく言う。
おそらくは、実行犯の一人なのだろう。
しかし、彼が捕まることはない。
ランタークには権力があるからだ。
派閥という、取り巻きがいるのだ。
外国から嫁いできた上位貴族の第二夫人。
アイギンマン領の女性のなかで、唯一ビイボルトの妻という役職に就いている女性。
その大きな派閥と権力は、易々と罪によって裁かれる立場の人間のモノではない。
母親という最大の後ろ盾を亡くしたビジイクレイトでは、逆らうことは絶対に出来ないのだ。
(……別にいい)
声には出さない。
(家族の誰もが俺を愛してくれなくても)
涙も出ない。
(母親のカタキが、俺のことをバカにしてきても)
手も、震えてなんていない。
(俺は『復讐』なんて絶対にしない)
表情なんて、絶対に出さない。
(俺は『勇者の仲間』になるって、決めたんだからな)
だから、笑顔で、満面の笑みで、ランタークたちがいなくなるのを、ビジイクレイトはただ見送った。
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