第10話 父親と仲良くしたかった

(……怒らせたか)


 少しだけ肩を落としながら、ビジイクレイトは『盾の間』を出て行く。


 あのあと、ビイボルトは戻ってきたが、もうデザートも終わってしまったのでそのまま解散となったのだ。


(……仲良くしたかったんだけどな)


 嫌われているのは知っているが、それでも、このアイギンマンの家で唯一、彼が家族と呼べそうな存在は父親であるビイボルトと第一夫人の娘であるビーシュインだけである。


(もう少し時間か、お金があれば、もっとマシなモノを用意出来たんだよ、チクショウ)


「険しい顔をされて、どうしたのですか? ビジイクレイト様」


 ロウトが不思議そうな顔でビジイクレイトを見る。


「いや、どのようなモノならば、父上は喜んでいただけたのか、考えていた」


 ビジイクレイトの答えに、ロウトは苦笑する。


「……どうした?」


「いえ、何でもありません。そうですね……ビジイクレイト様は、キーフェが気分を損なわれたと考えているのですか?」


「それは、そうだろう。私からのプレゼントを受け取った時の顔を思い出せ。あんな険しい顔、見たことがないぞ」


(ジイクの人生でも、ない。人間が出来る顔だとは思えなかった)


 例えるなら丸められた新聞紙のようだった。


 ビジイクレイトの精神が年齢どおりの5歳だったら、確実に泣いていただろう。


 そんな顔をビイボルトが……つまり、彼らの本当の主がしていたというのに、ロウトも、ブラウも、ゲルべも、ニヤニヤと笑っている。

 

「なんだ? 何がおかしいんだ?」


「いえ……ビジイクレイト様は、キーフェと仲良くしたいとお思いですか?」


「当たり前だろ、そんなこと」


 即答したビジイクレイトに、ロウト達はさらに嬉しそうに顔をほころばせた。


「何なんだよ……」


 よく分からない反応をしている従者達を置いて、ビジイクレイトは歩く。


(ビイボルトと仲良くしたいなんて、当たり前だろ。他の奴らは……)


 脳裏に浮かんだ人物を振り払って、ビジイクレイトは歩いた。


 すぐにロウト達も追いついてくる。


 そのまま、ロウトたちを連れて長い廊下を歩いていく。


 5歳の子供が歩くには、暗くて長い廊下。


 その廊下の先で、嫌な気配がした。


(……この感じ)


 ビジイクレイトは、すぐに立ち止まると前後左右の道を確かめる。


(別の道へつながる場所は遠い、か)


 ならば、とビジイクレイトはなるべく距離をとるように端の方へ移動した。


 「ビジイクレイト様」


 「お前達もじっとしていろ。下がれ」


 ロウトたちに指示を出すと、彼らはしぶしぶと言った様子で従った。


 ビジイクレイトの直感は、間違っていなかったようだ。


 廊下の先から、嫌な気配が歩いてくる。


 大勢の貴族を連れて、禍々しく。


 大勢の美少年で構成された親衛隊を連れて、おぞましく。


「おや……こんなところに薄汚い『ケモノ』がいるなんて」


 嫌な気配が足を止めて声をかけてきた。


 香水の香りが鼻につく。


「ごきげんよう、ランターク様」


 金色の豪華な髪を派手に巻き上げてる彼女の名前はランターク。


 ビイボルトの第二夫人であり、そして、ビジイクレイトの母親、ロマンシュテレを殺した犯人である。

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