第9話 ビイボルトへの贈り物

 心の中で悪態はつくものの、表情は笑顔のまま、料理をナイフとフォークで口に運んでいく。


(はぁー、きっとおいしい料理なんだろうけどな。いつもどおり味がしない)


 味がしない原因は、きっと彼らだ。


 ビジイクレイトは、前菜のサラダを黙々と食べているのだが、ほかの二人は、じっとビジイクレイトを睨んでいる。


 ビジイクレイトを睨みながら、パンをちぎっては口に運んでいくのである。


(……なんで!? なんで睨むの!? そしてなんでパンなの!? パンを何もつけずにそんなに食べて、おいしい!? ねぇ、どうしてなの!? もう3個目だよ!?)


 強面の男性と、綺麗な少女が睨みつけながらパンを食べ続ける映像はなかなかシュールだ。


 ちなみに、ビジイクレイトに、パンを食べ続ける貴族が何を表しているのか、という知識はない。


 そして図書館の本にも記載はなかった。


 なので彼らの謎の行動が何を示しているのか全くわからない。


(好意的ではない、ってのだけはわかるんだよな。はぁ……次は肉か。でも、味はしないんだよ)


 気まずい空気の中、ビジイクレイトは料理を食べ続ける。


 そして、次はデザートが運ばれてくるというタイミングで、ようやく主催であるビイボルトが口を開いた。


「ビジイクレイト」


「なんでしょうか、お父様」


 名前を呼ばれたので満面の笑みで答えたのに、ビイボルトの顔がいっそう険しくなる。


(……なんで!?)


 そんな疑問は口にしない。


 ただ、ビイボルトの言葉を待つのみである。


「あー……その、最近は神殿に通っているそうだな」


「はい」


(教師が仕事をしないので)


「そうか。神殿に貢献し、聖地を維持するのは貴族の大切な仕事だ。励みなさい」


 心の中で副音声をつけてみたが、ビイボルトには通じなかったようだ。


 神殿通いが推奨されてしまう。


「神殿で、お友達が出来たのでしょう? どのような子かしら?」


 ビーシュインがアープリアについて質問してきた。


(いや、怖いって。ビーシュインお姉様が帰宅してきたのって今日だよね? なんでそんな情報持っているの?)


 ビーシュインについては、ボーフリーデンにある貴族が通う学校で、優秀な成績を修めているという情報だけが入手できた。


 まだ、ビーシュインが入学して3ヶ月ほどしか経過していない。


 それなのに、それだけの情報しか入手できないというのが、ビーシュインの優秀さを表している。


 貴族の噂は、好意的なモノの中に悪意が必ず込められるモノだからだ。


「アープリア様はとても賢くて、可愛らしい方です。そうです。アープリア様からお父様に贈り物がございますよ」


 ロウトからビイボルトの従者にアープリアの贈り物が手渡され、中身を確認される。


「厳しい冬の選別を越えた命の恵みか。確かに受け取ったと伝えておいてくれ」


 従者から贈り物の内容が伝えられると、ビイボルトは満足そうにうなずいた。

どうやら好みのお酒だったらしい。


「……早くお助け出来ればいいのですけど」


 ぽつりと、ギリギリでビジイクレイトが聞き取れるくらいの大きさでビーシュインがつぶやく。


(……助ける? それに、お父様を満足させる贈り物をする手腕の従者たち、か)


 ヒントが多すぎて、そろそろ確定しても良さそうではあるが、まだ本人から聞いたわけではないので、とりあえずアープリアのことは置いておく。


「私からも、感謝の気持ちがございます」


 ロウトがビイボルトの従者にビジイクレイトからの贈り物を見せると、困惑したような顔をする。


 そして、二人で相談したあと、贈り物をそのままビイボルトのところへ持ってきた。


「これは……なんだ?」


 ビイボルトが困惑している。


 それはそうだろう。


 ビジイクレイトからの贈り物は、なにやら文字と絵が描かれている羊皮紙は一枚なのだから。


「『お手伝い券』でございます」


「『お手伝い券』?」


「はい。その券を使っていただきますと、私がお父様のお手伝いをいたします。どんな時でも、なんでも、私のお手伝いが必要な時はおっしゃってください。その券と交換でお手伝いいたします」


「む……? むむ?」


 ビイボルトの困惑が強くなっている。


 アイギンマン家は代々続く貴族の家系だ。

 このような贈り物をもらったことがないのだろう。


 まぁ、正直お手伝い券なんて、貴族が親に贈るような内容のモノではないとビジイクレイトも思っている。


(けど、しょうがないじゃん。まだ5歳で予算もないし、三日前に言われても大したモノ用意できないって。それに、これまで散々子供っぽくなくて『ケモノ』なんて言われてきたし、これくらい幼稚な方が受けもいいでしょ)


手に羊皮紙を持ちながら?マークを浮かべているビイボルトの後ろに、ビーシュインもやってきて一緒にビジイクレイトが贈ったお手伝い券を見ている。


「あら? ビジイクレイト。この券に書かれている絵は?」


 ビーシュインが、お手伝い券に書かれている男女とその間に挟まれている男の子の絵について聞いてくる。


「そちらは、私が書いたお母様とお父様、そして私の絵でございます」


 ビジイクレイトは、にっこりと天真爛漫を意識しながら、笑みを浮かべて質問に答える。


(どうだ! この天使のほほえみ! 勝った! これで可愛い子供ポジションゲットだぜ!)


 勝利を確信して、ビジイクレイトが笑っていると、ビイボルトが突然ぷるぷると震えだした。


(ん? どうしたの?)


 ビイボルトの震えがどんどんと激しくなり、テーブルの上にある食器までカタカタと音が鳴る。


(え、なに、なにごと!?)


 地震でも来たのか。


 テーブルの下に隠れた方がいいのか。


 そんなことを悩んでいると、テーブルの揺れが収まった。


(……今のは、お父様が震えていたってことで、いいんだよな?)


 どうしたのだろうと、ビジイクレイトが恐る恐るビイボルトの様子をうかがうと、ビイボルトは顔に力を入れている。


 くちゃくちゃになって顔の原型がよくわからない。


(こわっ! というか、なんであんな表情に……)


 少し待つと、ビイボルトの顔が元に戻る。


 そして、ビジイクレイトをみた。


 今日一番の、睨みの目で。


「……失礼する」


 そのまま、ビイボルトは席を立ち、部屋から出ていってしまった。

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