第8話 父親:ビイボルト
「……ふぅ」
「ビジイクレイト様。そろそろ休憩をされてはいかがでしょうか?」
「そうだな、わかった」
神殿から戻ったあと、午後は剣術や武術など、運動の時間にしている。
(この世界の運動着。高性能というか、これ、ほとんどSFなんだよな)
今のところ、周りには貴族しかいないため、ビジイクレイトの認識ではこの世界は中世のヨーロッパのような世界だと思っているが、ビジイクレイトが着ている運動着は、全身タイツのような見た目であり、SFでよく出てくる高性能スーツみたいだ。
(材料は魔境でとれる獣の皮や樹皮と樹液なんだっけ? 伸縮性抜群で、体の動きを阻害しない)
休憩を終わったビジイクレイトは、今は一人しか使っていない屋敷の中にある小さな部屋の盾の鍛錬所で、剣と盾を構える。
相手はいない。
レインハルもいない。
ただ、一人で黙々と型を続ける。
体を動かし続ける。
ビジイクレイトには、勇者様の仲間になるという、高い目標があるのだ。
(……突きの動きを意識して、もっと早く、なめらかに……)
滞在していた時に見せてもらった勇者の技の数々を何度も脳内で再生し、その動きを元に訓練に励んでいる。
幼い体では再現しきれないが、でも、ビジイクレイトは諦めるつもりはない。
いつか、勇者へ手が届くと想い続けているのだ。
風呂に入って、体をきれいにしたあと、手持ちの中でももっとも豪華な衣装に着て、ビジイクレイトは広間へ向かう。
屋敷にあるいくつかの広間のうち、今日使うのはもっとも狭い『盾の間』だ。
今日、夕食を共にする貴族は3人だけなので、当たり前といえば当たり前だが。
「ビジイクレイト様は、キーフェへどのような贈り物をされるのですか?」
「急な話だったからな」
ビジイクレイトに父の誕生日を祝う夕食会への招待が届いたのは、実は3日前のことだ。
「父上が誕生日であることは知っていたが、正直呼ばれるとは思っていなかった……」
「では、何も……」
ロウトの顔が動揺している。
「いや、用意はしている。まぁ、何を贈っても『ケモノ』と呼ばれるだけだろうがな……」
「そのようなことは……」
そんな会話をしているうちに、夕食会が開催される『盾の間』へたどり着く。
重厚な扉が開かれ、中に入ると険しい顔をしている筋骨隆々の男性と、艶のある深い朱色の髪と銀色の髪の少女が座っていた。
ビジイクレイトは笑みを浮かべ、両手を顔の横まで持ってくると、二度回転させてから頭を垂れる。
「お誕生日おめでとうございます、お父様。そしてビーシュインお姉様、お帰りなさいませ」
貴族として、簡易ではあるが、家族に対して行う挨拶をビジイクレイトはしたはずだ。
なのに、なぜだろう。
数秒待ってからビジイクレイトが顔をあげると、待っていたのは睨みだった。
険しい顔で父親であるビイボルトと、今はアイギンマンの家にいない第一夫人の娘。
アイギンマン家の長子である今年12歳になったビーシュインが、ビジイクレイトを睨んでいる。
(……ちゃんと挨拶したよな? 長ったらしい祈りの言葉を含めた挨拶は初対面の時だけにしろって言われたし。というか、貴族が表情を崩すなよ)
例え、実の父や別腹の姉から睨まれても、畏怖してはいけない。
深く笑みを浮かべ、ビジイクレイトは今日の会の主催であるビイボルトからの言葉を待つ。
「……よく来た。座ってくれ」
十数秒、時間をおいて、ようやくビジイクレイトは座ることが許された。
(一緒に座ることが嫌なら、はじめから呼ばないでほしい)
実のところ、ビジイクレイトはこれまでに何度かビイボルトと食事をしたことがある。
そのたびに、挨拶をしては睨まれ、着座までに十数秒は待たされるのだ。
どれだけ嫌われているのだろう。
(……ビーシュインお姉様も、睨んでくるだけだし)
イスに座り、料理が運ばれてくる間、普通なら互いの近況など、ちょっとした会話をしてもおかしくはないのだが、ビイボルトも、ほとんど初対面のビーシュインもビジイクレイトを睨んでいるだけである。
(もうこんなに嫌われているのか……ビーシュインお姉様、優秀だって聞いていたからな。情報収集も完璧にして、俺がどんな評価をされているのか知っている、のか)
『ケモノ』と呼ばれるような弟とご飯を一緒に食べたくないのだろう。
じーっと、ビーシュインもビジイクレイトを睨んでいるだけだ。
(……はぁ、帰りたい)
まだ、料理を運ばれてもいないのだが。
非常に重い空気の中、よくやく料理が運ばれてきた。
「今日は家族だけだ。気兼ねなく楽しんでほしい」
(楽しめねーよ)
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